劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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何故否定されると思っているのかが不思議


受け容れられた水波

 新居までの道のりは、ウイングレスではなく普段から達也が使っていた普通二輪で移動していた。先日の件でウイングレスは街路カメラで持ち主を特定されやすく、そこから達也の情報を得ようとするマスコミがいるかもしれないということらしいが、水波にはそのことを深く考えるだけの余裕はなかった。

 

「(私が婚約者に格上げになったことは、皆様にも伝わっているらしいですが、大丈夫なのでしょうか? いきなり魔法が飛んできたりしないでしょうか?)」

 

 

 達也の婚約者の中に、そのような暴挙にでる人間はいないのだが、それでも水波の不安は解消されない。ただでさえ特例で愛人枠に滑り込んだ自分が、更なる特例で婚約者として認められたのだ。全ての事情を知り得ない人間が文句を言ってきたとしても不思議ではない。

 実際水波が光宣に誘拐され、USNAまで達也が取り戻しに行ったという話を知っている人間は新居にはいない。響子辺りなら調べようがあったかもしれないが、彼女はそれどころではない心境だろうと水波も分かっている。彼女は父親の藤林長正がしでかした件と、国防軍の一員としていろいろなごたごたに巻き込まれていて、自分が何処にいたのかなど調べる余裕などなかっただろうと水波は思っている。

 実は響子は水波がUSNAに連れ去られたことも、それを連れ戻しに達也がUSNAに向かったことも知っているのだが、水波にそのことを知る術はない。

 

「着いたぞ」

 

 

 達也の腰にしがみつくこと十数分。四葉家が婚約者の為に用意した新居に到着した。水波は何度かこの場所に来た事はあったが、入場ゲートパスを持っていないので、達也と共に新居の内部に入り、挨拶の時間が近づいてきたと実感し更に緊張してしまった。

 

「おっ、達也くん久しぶり。この間はお見舞いに行ったんだけど面会謝絶で会えなかったからね」

 

「エリカたちにも心配をかけたようだな。だがこの通り日常生活には問題ないくらいには回復したから安心しろ」

 

「もともとそこまで心配はしてなかったけどね」

 

「酷い言い草だな」

 

 

 真っ先に挨拶しに来たエリカと軽口を交わした達也だったが、エリカの背後から駆け寄ってくる二人を見て肩を竦める。

 

「あの二人も事情は知っているけど、本気で達也くんのことを心配してたからね。少しくらいは責められなさいな」

 

「今日はそういう件で来たんじゃないんだがな」

 

 

 水波はそこで漸く駆け寄ってきたのがほのかと雫だと認識でき、あの二人なら達也のことを本気で心配していただろうと理解した。偽装だと分かっていても不安になったのは、深雪以外だとこの二人だけだったかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ほのかと雫の質問攻めが終了し、達也はエントランスに人を集めてとりあえずの謝罪をした後、本来の目的である水波を前に押し出した。

 

「こ、この度特例が認められ婚約者の末席に加わらせていただけることになりました桜井水波です。皆さまとは同じ立場ということになりますが、私はあくまでも使用人です。達也さまと正式に婚姻の儀を行うまでは今まで通り皆さまの給仕などをさせていただくことになりますので、変わらぬお付き合いのほどをよろしくお願いいたします」

 

「へー、水波も僕たちと同じ立場になるんだ。良かったね」

 

「香澄ちゃん、もう少し黙っていられなかったの」

 

 

 水波が重々しい雰囲気で挨拶をしていたのにも拘わらず、香澄は普段と変わらない感じで感想を述べながら水波に近づいて行ったので、姉である真由美が恥ずかしそうに周りの視線を気にしている。だが香澄にはそんなことお構いなしで、素直に水波を歓迎したい気持ちしかなかった。

 

「水波も達也先輩のことを意識してたもんな。愛人枠でも認められたって聞いた時はお祝いしたけど、何だかよく分からないけど婚約者になれてよかったな」

 

「香澄さん、ありがとうございます」

 

「ということは達也先輩の側にずっといられるってことだろ? 前から『一生お仕えしたい』って言ってたし、これで夢がかなうどころかそれ以上の結果になったってわけだな」

 

「香澄さん、そのことは内緒だと言ったではないですか」

 

 

 水波は達也たちの前では「達也や深雪の側にお仕えしたい」としか言ってこなかったのだが、香澄の前では違ったようだ。水波だって年頃の乙女であり、達也に恋慕の情を懐いていた一人だ。深雪以上に達也に仕えたいと思っていたとしても不思議ではないだろうが、そのことを本人の目の前で暴露されるのはさすがに恥ずかしかったらしい。彼女の顔は、未だかつてないくらい真っ赤に染まっていた。

 

「まだ事故処理が残っているからこっちに戻ってこられるのはもう少し後になるだろうが、少しずつ顔を出していきたいと思っているから、もう暫く俺は四葉ビルで生活することにする」

 

「そういえば水波の怪我って、もう大丈夫なんですか?」

 

「その件がまだ片付いていないから、俺は水波の側から長い時間離れるわけにはいかないんだ」

 

「そう言うことですか。水波にとっては良いことなのかもしれませんね」

 

「香澄さんっ!」

 

 

 自分の気持ちを勝手に達也に伝えられた気になり、水波は必死の形相で香澄の口を押えようと飛び掛かり、香澄は楽しそうにその手から逃げ回るのだった。




香澄が良い感じに茶化して水波の緊張を解きましたね

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