とりあえず朝食を摂り終えたので、水波は四人分の食器を片付けていた。深雪とリーナの間に不穏な空気が流れていたのは気になったが、達也の脅しが利いているのか大人しくそれぞれの部屋に戻っていったので、水波はとりあえず一息つける状況に安堵していた。
「(深雪様もリーナ様も、お互いがお互いのことを認めているが故にお互いの細かい部分が気になってしまうのでしょうか?)」
水波から見れば、深雪もリーナも十分に実力者だし、些細なことなど愛嬌として取れるのだが、あの二人はどうしても互いの欠点ばかりに目が行ってしまっている。
「(やはり私のような人間には分からない世界と言うのはあるのですね)」
水波も他所から見れば十分に実力者の部類なのだが、あの二人の間に割って入る勇気は無い。世界が違うということで納得をし、片づけを終えてリビングに戻ると達也が待っていた。
「達也さま、何かご用でしょうか?」
「あぁ、少し出掛けるぞ」
「かしこまりました。お気を付けて」
「いや、水波も一緒にだ」
「私も、ですか……?」
達也が出かけるのは割と何時ものことなので普通に見送ろうとしていたが、何故か自分も同行するように言われ、水波は何か失敗したのだろうかと不安な気持ちに駆られる。
「別に水波に不利益なことをする為に出かけるわけではない。一度新居の方に顔を出して、水波から挨拶をしておいた方が良いだろうと思ってな」
「そう言うことでしたか」
既にごたごたも片付いているので、何時新居に戻ってもおかしくは無いのだが、水波の容態が安定するまでは達也は四葉ビルで生活することになっている。その間に水波は愛人枠から婚約者へと格上げとなり、いずれは新居で生活しているメンバーと同じ立場になるのだ。挨拶しておくに越したことはない。
「それでは支度してきますので、少しお待ちくださいませ」
極めて冷静な態度を心掛けながらリビングを後にし、自分の部屋に戻ってから水波は動揺する。
「皆さまに挨拶をと言われましても、何を話せばよいのでしょうか……」
あそこで生活している殆どの相手とは面識があるし、個人的に話したことがあるのだが、中にはほとんど会話を交わしたことが無い相手もいる。ましてや自分は一従者でしかなかった人間だという気持ちが水波の中にあるので、今更同じ立場になったからといって積極的に交わろうという気持ちは湧いてこない。
「(達也さまとお出かけできるのは嬉しいですが、まさかこのようなことになるとは……)」
今回の外出に深雪は同行しない。四葉ビルから新居までの道のりは達也と二人きりなのだが、そのようなシチュエーションにときめく余裕も無く、水波は新居での挨拶が上手く行くだろうか不安に駆られたのだった。
達也が新居に顔を出すという連絡は、新居で生活している全員に連絡が入っている。久しぶりにこちらに顔を出せる余裕ができたということの表れなので、そこで生活している人間の表情は皆明るかった。
「達也さんがこっちに来られるなんて、ディオーネー計画が発表される前以来じゃない?」
「あの所為で達也さんはしなくてもいい苦労をしてきたもんね」
「今回だって国防軍の警備艦が突撃してきたせいで入院してたわけだし」
ここで生活している人間で、達也の入院が偽装だと知っている人間は多くない。別にバラしても達也や深雪は怒らないだろうが、何処から情報が漏れ出るか分からないので、エリカたちはそれっぽい嘘で周囲にそのことを信じ込ませていたのだった。
「水波ちゃんも無事に帰ってきたようだし、これからは落ち着いて生活できるのかな?」
「恒星炉プラントの方はまだ落ち着いてないだろうから、本格的に落ち着くのはもう少し後だと思うけどね」
「それでも、達也くんがこっちに顔を出せるくらいには落ち着いたってことなんだし、難しく考える必要はないんじゃない?」
「相変わらずエリカちゃんは気楽ね」
「何か用ですか、七草先輩」
同じ婚約者とはいえ、全員が全員仲がいいわけではない。真由美とエリカはちょっとしたことで突っかかる間柄だ。その点だけ見れば、深雪とリーナの関係に似ていなくもない。
「達也くんの方のごたごたは国防軍の中枢近くまで影響があって、今そっちはいろいろと大変なのよ」
「そんなの、あたしが知ったこっちゃないですよ。そもそも達也くんに敵対しようとしたから、そんなことになったんじゃないんですか?」
「まぁ、ぶっちゃけるとそうなんだけどね」
「というか、国防軍のごたごたとあたしたち、どんな関係があるって言うんです?」
「今海外から攻撃を受ければ、まともに動ける組織は十師族くらいしかないのよね。その次期当主である達也くんが駆り出される可能性はかなり高いの」
「今日本に攻め込もうとか考えてる阿呆がいるとは思えませんけど。新戦略級魔法師が誕生したばかりなんですし」
達也がそれを意図していたかは不明だが、将輝を戦略級魔法師に祭り上げることで一定以上の抑止力となっており、今迂闊に攻め込もうとする輩はいないだろうとエリカは考えていた。そのように考えられるエリカを羨ましいと思いながらも、そう簡単には行かない現状を思い知らされている真由美は、複雑な表情でため息を吐いたのだった。
エリカはあっけらかんとしているようで気にしいですから