劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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水波は裏事情を知らないからな


救出の裏側

 四葉ビルで生活していた頃から――もっと言えば調布の家で生活していた頃から、朝食の支度は深雪と水波の二人で行っていた。それでも水波が深雪より後にキッチンに出てくることは稀で、その都度水波は深雪に頭を下げていたのだが、今日のそれは何時も以上だった。

 

「申し訳ございませんでした、深雪様」

 

「気にしなくて良いのよ、水波ちゃん。あんなことがあった後だもの。疲れが残っていても仕方がないわ。二、三日は無理しなくても良いのよ。達也様も入院していることになっているのだし、あまり大っぴらに動くことはできないでしょうし」

 

「入院していることになっている……? どういうことでしょうか?」

 

 

 水波は達也が自分を救出する為にいろいろと手を打ったということは理解しているが、具体的にどんなことをしたのかは知らない。だから深雪の言葉に首を傾げてしまったのだ。

 

「水波ちゃんは知らなかったわよね。達也様は表向き、反魔法主義者に乗っ取られた警備艦に襲撃され、全身血だらけになって病院に搬送されたことになっているのよ」

 

「どういうことですか!?」

 

 

 水波ももちろん、達也の『再成』のことは知っているし、実際に自分を救い出した際の達也が何処か痛そうにしていなかったことも知っている。それでも達也が全身血だらけになったと聞かされて冷静でいることはできなかった。

 

「達也様の計画を疎ましく思っている方がいるのは、水波ちゃんも知っているわよね?」

 

「はい」

 

「その中で最近最も過激な動きを見せていたのが、国防軍の佐伯少将。彼女の目を欺く為、達也様は一芝居を打って秘密裡に出国したのよ」

 

「ですが、国防陸軍第一〇一旅団の方々は、達也さまの魔法をご存じのはずでは?」

 

「知っている人はもちろんいるけど、それを表だって言いふらすことはできないもの。いくら達也様が国防軍と袂を分かったとはいえ――むしろ袂を分かったからこそ、あの人たちは守秘義務を順守しなければいけなくなるのだから」

 

 

 関係が悪化したから秘密を暴露するような軍人を、誰も信頼しないだろう。深雪はそう思っているし、実際関係が解消されたからといって守秘義務がなくなるわけではない。そのことは佐伯も風間も重々理解しているからこそ、達也襲撃を四葉家のパフォーマンスだと見抜いていながらも声を上げる事ができなかったのだ。

 

「あの、袂を分かったとは……」

 

「佐伯少将が達也様の自由を制限しようとしているのを察知して、早々に関係を解消しておいた方が良いと判断されたのよ。その所為で達也様はしなくても良い戦闘をしたようですが、結果は言うまでもないでしょう」

 

 

 水波は独立魔装大隊の戦力を正確には把握していないが、風間や柳といった実力者がいることは知っている。それでも達也が負けるわけがないと確信している深雪に、水波は何も言わなかった。

 水波が先ほど言ったように、達也の『再成』は即死でもない限り致命傷だろうがなかったことにできる魔法だ。いくら風間や柳が達也に傷を負わせたとしても、それは一瞬でなかったことになる。加えて達也の『分解』は人間にも有効であり、本気で戦えば達也が負ける要素の方が少ないのだ。

 

「その内に佐伯少将は力を失うでしょうし、心配しなくても問題無いわ」

 

「あの……達也さまがそこまでしたのは、私が原因なのでしょうか?」

 

「全てが水波ちゃんが原因というわけではないわよ。新ソ連軍を撃退する際に使った魔法の共同開発者として吉祥寺君が達也様の名前を出したのも原因の一つ。達也様と同い年で、達也様より御しやすい一条君が国家公認戦略級魔法師になったことで、佐伯少将は達也様を脅威として思ったのでしょう。徹底的に達也様の自由を奪い、自分の思い通りに動かそうと計画していたようですし」

 

「ですが、達也さまの自由を制限するなどできるのでしょうか? 達也さまは正式に四葉家の次期当主として認められておりますし、ESCAPES計画は達也さま無しでは成り立ちません。国益を考えるのであれば、達也さまの自由を制限するなど愚の骨頂のはずですが」

 

「そのことは佐伯少将も理解されていたでしょうが、それ以上に自分の地位を脅かすかもしれない達也様を徹底的に拘束したかったのでしょう。達也様の魔法は、戦略級魔法でなくても十分に脅威でしょうし」

 

 

 実際達也は今回『マテリアル・バースト』を使ってはいない。それでいてこれだけの戦果を残しているのだから、国防軍の一部隊など跡形も無く消し去ることなど造作もないだろうと、誰の目にも明らかになった。

 

「佐伯少将の後ろ盾が無くても、達也様は問題なく生活できると判断して、今回の決別となっているのだから、水波ちゃんが気に病む必要はないのよ。それに今回の水波ちゃん救出の際に達也様には新しい後ろ盾ができたのだから」

 

「新しい後ろ盾……? それは四葉家のスポンサーと呼ばれている方々でしょうか?」

 

 

 水波も四葉家に仕える一員として、スポンサーと呼ばれる人間がいることは知っていた。だが真夜は彼らからの脱却を考えているのも知っているので、彼らが後ろ盾となったら真夜の計画が破断してしまうのではないかと感じていた。




全快してないのにこれだけ聞かされればパンクしそうだな……

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