劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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本人にはそんな気持ちはまったくありませんけどね…


ラッキースケベ? その1

 百家「剣の魔法師」千葉家の道場。レオは今日も早朝から学校ではなくこの道場に来ていた。間に昼食を挟んで六時間、全身から汗を滴らせながら彼はぶっ続けで木刀を振っていた。素振り用の長く太い鉄芯入りの木刀は上級者でも三時間振り続ければ音をあげる代物。レオの肉体的スタミナと精神的な持久力には、日頃憎まれ口ばかり叩いているエリカも舌を巻かずには居られなかった。

 

「はい、止めっ」

 

 

 エリカの合図とともにレオは腕を下ろしさすがに大きく息を吐いた。その正面ではエリカが手ぬぐいで額の汗を拭っていた。

 

「それにしてもタフねアンタ。剣術の経験は余り無いんでしょ?」

 

「そりゃここの人たちと比べれば初心者もいいところだけどよ。剣じゃなくても部活で普段からピッケルとかツルハシとか振ってるからな」

 

「ピッケルは兎も角ツルハシ……山岳部っていったい何する部活なのよ」

 

「その点についちゃ俺も多少は思わないでもないぜ……それにタフってんならオメェだって同じじゃねぇか」

 

 

 レオがいうように、エリカはただレオの素振りを見ていただけではない。レオの正面に立ちレオのお手本になって素振りを行っていた。レオはエリカの振り方を見ながらそれを真似して木刀を振っていたのだ。

 

「アタシが振ってたのは軽いやつだからね。アンタと同じ物じゃとっくにギブアップよ」

 

 

 そう言ってエリカは自分が使っていた木刀をレオに放り投げる。いきなり飛んできた木刀を危なげなく掴み、片手で一振りしてレオの顔に戸惑いが浮かんだ。

 

「確かに軽い……けど軽すぎて両手じゃ振りにくそうだぜ」

 

「そこが技よ」

 

 

 謙遜も外連味も無くそう言ってエリカは首元に手ぬぐいを当てた。熱がこもったのか剣道着の前襟を少し持ち上げて扇ぐような仕草をする。それで下着やその下の肌が見えたわけではないが、レオは少し恥ずかしくなり目線を逸らした。

 エリカ本人は見えないように注意してやってる事なのでレオが不審な挙動を見せても恥ずかしさや警戒は覚えない。とは言うもののあからさまに目を逸らされると気まずさくらいはエリカも覚えるのである。

 

「……何処見てるのよ」

 

「えっ!?」

 

 

 エリカに不機嫌な声と眼差しを向けられてレオは不自然なくらい動揺した。

 

「い、いや、別に……何も見てないぜ!」

 

 

 ここまで慌てられるとその必要も無いのに恥ずかしくなってしまう。エリカもその程度には少女として普通の感性を持っていた。

 

「何も見てないのは分かってるわよ! 余所見すんなって言ってるの!」

 

「お、おう、すまん」

 

 

 気まずい空気が二人の間に蟠る。ただエリカはそこでいつまでもモジモジしてるような質でもなかった。

 

「……次の段階にいくわよ」

 

「次は巻き藁を斬るんだったよな」

 

「そうよ。こっちに来なさい」

 

 

 エリカが先導して連れて行った部屋は格子に組まれた巻き藁が壁をなしていた。ここは刃筋を通す――刃を真っ直ぐに入れて振り抜く修行を積む部屋だ。刀身の軌跡が真っ平な平面になるように刀を振る。それが出来なければ刃はその性能を十分に発揮出来ない。特にレオが教わろうとしている『薄羽蜻蛉』には絶対必要な技術だった。

 

「はい、真剣だから気をつけなさいよ」

 

 

 今度は投げ渡すような事はせず、柄の真ん中を持ってエリカは抜き身の刀をレオに差し出す。鍔のすぐ下を右手で、柄尻を左手で掴み両手でレオはその刀を受け取った。

 

「手順は分かってるわよね?」

 

「ああ。まず横に渡されている巻き藁の一番上を斬る。この時、刀は二段目に触れないようっしっかり止める。次に二段目を斬る。次に三段目を斬る。そうして五段目まで斬ったら次の列に移る。これを左から順番に右端までやる」

 

「良く出来ました。アタシは奥で少し休んでるから、右端まで終わったら呼びに来て」

 

「刀はどうするんだ?」

 

「入り口の横に鞘が立ってるでしょ? そのまま鞘に差しといて。手入れは勝手に鞘がやってくれるから」

 

 

 鞘が刀の手入れをするというのは、鞘の中で汚れを落としたり油を塗ったりする機能が仕込まれているのだろう。そう解釈してレオが了解の返事を返すと、エリカは軽く手を挙げて巻き藁斬りの部屋を出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 巻き藁斬りを終えてエリカを呼びにいこうとしたレオだったが、エリカが何処に居るのかも分からず、また分かったとしてもその場所が何処なのかも分からなかったので案の定迷子になった。

 さまよい歩いているとエリカの姉らしき人と遭遇し、携帯端末を貸してくれたのだった。端末には屋敷の全体図とエリカが居るであろう休憩室の場所が記されている。扉を開ける鍵もバッチリ預かっているのだ。

 

「借りられて良かったぜ」

 

 

 最初は躊躇したものの、レオは端末を貸してもらえた事を幸運だと思い始めていた。

 

「この辺りだな」

 

 

 記されている場所の傍に来て、レオは辺りを見渡す。すると扉らしきものを見つけレオはノックしてエリカの所在を尋ねた。

 

「おいエリカ、いないのか?」

 

 

 答えが無かったので今度は言葉をかけてみるが応答無し。

 

「入らしてもらうぜ」

 

 

 休憩室なら遠慮も要らないだろうと、レオはエリカの姉から借りた鍵でロックを外して大きな引き戸を横にスライドさせた。

 

「ちょ、ちょっと待ちなさい!」

 

「うぇ?」

 

 

 レオが完全に扉を開けると、飛び込んできたのはバスタオル一枚でくつろいでいたエリカの姿。誰も入ってこないと思っていたのかバスタオルの結び目は随分と緩そうだった。

 

「ばかすけべへんたい出てけ!」

 

 

 エリカの剣幕で我を取り戻したレオは、大慌てで部屋から出て行った。

 着替え終わったエリカがまずした事は、レオを思いっきり殴る事だった。レオも自分が悪いと思っているので素直に殴られたのだが。

 

「あの行き遅れ陰険女……あんなんでも一応姉だと思ってたのが馬鹿だった」

 

 

 殴ったのが拳ではなく平手だったのは、レオも騙された被害者だという事での酌量だったのだろう。

 

「レオ、さっき見たことは忘れなさい……って言っても無理だろうから」

 

 

 そこでエリカは言葉を区切った。物分りの良いセリフにレオが覚えたのは安堵ではなく戦慄だった。

 

「余計なことなんて覚えられないくらい色々みっちり叩き込んであげる。薄羽蜻蛉だけじゃなくって『剣術』の基本をみっちりとね」

 

 

 大事な事だから二回言ったのだろうか。レオがそんなツッコミを口に出来ないほど、エリカは鬼気に満ちていた。

 

「……着替えは一着しか持ってきてないぜ」

 

「下着の替えくらいは用意してあげる。経費で落すから心配しなくて良いわよ」

 

 

 レオが出来た精一杯の反撃もエリカに一蹴されてしまった。こうしてレオは泊り込みで剣術の修行をする事になったのだった。




本編でレオと絡みが多い分、IFでは達也と目一杯絡ませるか……

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