劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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この程度ならまだ健全


ちょっとした妄想

 達也は往路よりやや南寄りに進路を取り、巳焼島を目指した。途中『バージニア』には、直接帰国する旨を無線で伝える。カーティス艦長からはミッション成功の祝福を添えて、新発田勝成からはただ一言「了解した」とだけ、返信があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パールアンドハーミーズ基地を飛び立ってから、約三時間が経過。水波が突然、心配そうな声で達也に話しかける。

 

「達也さま、あの……大丈夫なのですか?」

 

 

 水波の質問は具体的な部分が欠けていたが、達也はすぐに「長時間魔法を使い続けて大丈夫なのか」という意味だと理解した。

 

「十時間程度なら全く問題ない。ちなみに、あと四時間前後で到着予定だ」

 

 

 達也は正直に答えて水波を感心させる――といより呆れさせた後、水波の体調を尋ねた。

 

「水波はどうだ? 苦しくはないか」

 

「はい、大丈夫です。ご心配をお掛けしました」

 

「パールアンドハーミーズ基地では、入院していたようだが……?」

 

 

 自分がずっと水波の「情報」をフォローしていたことは話していない。達也が「視」ていたものは情報そのもので、盗撮の対象となる映像や音声ではないが、そんな理屈とは無関係に水波は恥ずかしがるに違いないと考えたからだ。まぁ、妥当な判断と言えよう。だから達也は水波が五日前、危険な状態に陥ったことを知らないふりをしている。

 

「……はい。ですが、今は大丈夫です」

 

 

 水波の歯切れが悪いのは、倒れたことを隠しておきたいからだろう。ただ水波の答えは、強がりでは無かった。達也の「眼」で「視」ても、容態は安定していた。少なくとも魔法演算領域のオーバーヒートは沈静化している。

 

「(光宣が何かしたのか? パラサイト化の兆候は見られないが……)」

 

 

 水波の容態好転は喜ばしいことだが、不自然だ。ましてやそれが光宣と別れた直後からのこととなれば、因果関係を疑わずにはいられない。だが達也はそのことを口にすることはなく、水波に返した言葉は一言――

 

「そうか。良かったな」

 

 

――これだけだった。

 それ以降達也から水波に話しかけることはなく、水波も、いくら大丈夫だと言っていても長時間の魔法行使の大変さを理解している為、余計なことに意識を割かせることを避ける為か、達也に話しかけることはしなかった。

 だがどうしても先程の事を思い出しては恥ずかしがって、その都度達也から不審がられてしまうのだった。

 

「(私はなんてことをしたのでしょうか……まさか深雪様を差し置いて達也さまの胸に飛び込んで、あまつさえ大声で泣いてしまうとは……)」

 

 

 いくら達也と深雪の未来の為という理由を付けたとはいえ、光宣に付いて行ったのは自分の意志。そこに恋心が全く無かったと言い切れるほど、水波は達観していない。あれほどの美形が自分のことを好いてくれていたのだ。全く揺れないなど、普通の人間には無理だろう。

 

「(達也さまは気にした様子は無さそうですが、愛人候補の分際で達也さまに抱き着いてしまっては、ことが落ち着いてから大変なことになりそうです……)」

 

 

 無論その事を言いふらす趣味は水波にも、もちろん達也にも無い。だが深雪の達也に対する洞察力を考えれば、すぐにバレてしまう可能性は高いのだ。水波は光宣に付いて行った理由とは別の理由で深雪に折檻されるのではないかと、言いようのない不安に押しつぶされそうになったのだった。

 

「(どうせ折檻されるなら、達也さまに……)」

 

 

 そこまで考えて、水波は慌てて頭を振る。

 

「(何てはしたないことを考えてしまったのでしょうか……これほど長い時間達也さまと離れていたことはなかったので、色々と溜まっているのかもしれませんね……マンションに戻ったら家事でもして発散しなければ)」

 

 

 メイドとして教育されているとはいえ、やはり女子高生。色っぽい妄想をしてしまうのは仕方がないのだが、それでも発散方法に家事を選ぶ辺り、メイドの鑑と言えるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 USNAの偵察衛星は、太平洋を西に向かう靄のような影を捉えていた。最初、偵察衛星を管理するUSNA宇宙軍の監視スタッフはその影を監視カメラのノイズと考えた。だが明らかに人工的な動きでパールアンドハーミーズ環礁上空から日本へ向かう飛行物体を、高度なステルス機能を備えた航空機械と判断し、参謀本部に緊急の対応を要する情報として報告した。

 偵察衛星にも正体を分析できない航空機械は、国防上の大きな脅威。統合参謀本部が日本近海に潜む潜水空母の航空戦力による捕獲、それが不可能であれば撃墜を決定したのは、おかしな判断ではなかった。

 しかしその決定が海軍司令部に伝えられた段階で「待った」が掛かる。国家安全保障会議の議決を経ずに同盟国である日本と開戦するリスクを冒すのは、シビリアンコントロールの原則から逸脱し過ぎていると、決定そのものが統合参謀本部に差し戻しとなったのだ。

 参謀本部は、即対応しなければ見失ってしまうと強く主張した。国防に対する潜在的な脅威を放置できないというのが彼らの主張だった。

 それは、軍事的に見れば合理的で正しかった。しかし結局、政治家を納得させることはできなかった。ミッドウェーとパールアンドハーミーズを襲った惨劇がこの時点で統合参謀本部に報告されていなかった――秘密にされていたことも、説得材料が不足する原因となった。

 この介入がワイアット・カーティス上院議員の主導によって行われたことを知る者は、連邦軍にも国防総省にもいなかった。




深雪の妄想は度が過ぎてるからなぁ……

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