カノープスが頭を悩ませている頃、原子力潜水空母『バージニア』でも衝撃を受けている人間が多数現れていた。
「ミスター司波のエアカーから帰還のシグナルが発信されました」
通信士の言葉にざわめきを堪えられなかったのだ。
「出撃から三十分、実働時間二十分か……。ミッドウェー監獄の被害状況は分かるか?」
原子力潜水空母『バージニア』の艦長、マイケル・カーティス大佐が情報スタッフに尋ねる。
「対艦砲、対空砲座、対人銃座は全て破壊されているようです。また兵器庫が消滅しています」
スタッフがすらすらと答えを返したのは、カーティス艦長があらかじめミッドウェー監獄の情報収集を命じていたからだ。
「監獄ビル自体に被害は無いのか?」
艦長が少し意外そうな口調でスタッフに問い返す。
「大きな被害は認められません」
「(案外大人しい結果だな……)」
心の中で呟き、カーティス艦長はすぐに「いや」と思い直した。
「(限定的な被害はこの場合、攻撃側に余裕があった証拠と解釈すべきだ。ミッドウェーは軍事刑務所であると同時に、パールアンドハーミーズを補完する補給基地。それを、手加減しながら僅か二十分で、実質的に陥落させた……。タツヤ、君が伯父の客でなければ『バージニア』の全力を以て沈めているところだぞ。君とは今後も良好な関係でありたいものだ)」
達也の恐ろしさを認識したのと同時に、仲間であるならこれ程頼れる魔法師はいないと、カーティス艦長は一人納得していた。
「急速浮上、スタンバイ。フライトデッキ、『エアカー』の着艦準備。それからこのことを、ミスター新発田にお伝えしろ」
カーティス艦長は穏やかならぬ心の裡を隠して、現在与えられた役割を果たすべくクルーに命令を下した。
帰還シグナルが発せられてから、およそ七分。『バージニア』が潜む海域上空にエアカーが姿を見せる。夜の海に『バージニア』の巨体が浮上した。エアカーはその上空を旋回するのではなく、浮上する原潜空母の真上に移動し、静止した。『バージニア』の外殻がスライドし、フライトデッキが姿を見せる。エアカーは垂直に降下し、フライトデッキに音も無く着艦した。
クルーが駆け寄る。まずカノープスが助手席から、続いてシャウラが右側の後部ドアから甲板に降り立った。カノープスが意識の無いアルゴルを車内から引きずり出す。それを、駆け寄ったクルーが手伝い、担架に乗せた。達也がエアカーから降りてきたのは、その後だった。
「まずはミッションの第一段階成功、おめでとう」
エアカーの補給――大容量キャパシタの充電――を始めたクルーの背後から姿を見せた勝成が、達也の声をかける。
「ありがとうございます」
達也はヘルメットのバイザーを開いて勝成の祝辞に応えた。
「すぐに再出撃するのだろう? 本家への報告は任せておきたまえ」
「よろしくお願いします」
勝成の申し出に、達也は軽く頭を下げる。
「もし可能でしたら、カノープス少佐救出を巳焼島にも伝えていただけませんか」
そして顔を上げ、勝成にこうリクエストした。
「残念ながら、それは無理だ。巳焼島には精神感応通信の受け手が配置されていない」
今回の作戦で本家への報告は、精神感応者の特殊技能を利用して行うことになっている。これだけの遠距離通信が可能なのは精神感応能力の持ち主は四葉家配下にも数人しかおらず、全員が本家直属だ。今回は本家が勝成にその貴重な能力者を貸し出した格好になっている。
「そうでしたね」
「本家宛の通信に、巳焼島への伝言依頼を加えさせておく」
勝成は達也にリクエストに応える代わりに、巳焼島の深雪とリーナへ報告を転送するよう念を押させると約束した。
エアカーの急速充電を終えた達也は、着艦から十分足らずで再出撃した。本家への精神感応通信は、その直後に行われた。そしてカノープス救出の報は、すぐに本家から巳焼島に伝えられた。
本家からの連絡を受け、深雪とリーナはとりあえずホッとした表情を浮かべた。達也が失敗するとは微塵も思っていなかったが、こうして無事成功したと聞かされたらホッとしてしまうのだろう。
「とりあえず貴女からの依頼は達成したようね」
「私の、というよりかは、上院議員様からの依頼だと思うけどね」
「でも貴女からの依頼がなければ、達也様はワイアット・カーティス上院議員のご依頼を受けるかどうかは分からなかったでしょう?」
「水波を連れ戻す為の足を確保するのに、上院議員様の依頼は渡りに船だったと思うし、私が何も言わなくても達也はベン救出の依頼を受けたでしょうね」
何となく言い争いの様相を呈してきたので、二人は一度落ち着くために視線を外し、大きく息を吐いた。
「残るは水波救出だけね。正直に言えば、ベン救出よりこちらの方がミッションの難易度は高そうだけど」
「光宣君を殺さないという枷がある分、確かに達也様にとってはこちらの方が大変でしょうけども、それでも達也様が失敗することなどありえないわ」
「私もそう思うけど、深雪が言うと何だか過信しているように聞こえるのは何故かしら……」
同じ婚約者でも、深雪の達也に対する信頼は他の婚約者との比ではない。もちろんリーナや他の婚約者も達也のことは信頼しているのだが、それでも深雪が群を抜いているように感じてしまうのは、年季の違いからだろうか。
そもそも失敗する要素が見当たらないし……