劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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達也なら造作もないでしょう


襲撃者の殲滅

 手榴弾に対する達也の機転は、このケースではあまり役に立たなかった。手榴弾は炸裂したが、爆風は大したことがなく、勢いよく破片が撒き散らされるのではなく、勢いよく黒煙が拡散する。

 

「(煙幕手榴弾)」

 

 

 達也は飛行魔法を切って床に飛び降りた。敵の狙いが視線を遮ることなら、天井に張り付いている状態は良い標的だ。ヘルメットのバイザーに煙の分析結果が表示される。

 

『非致死性、麻痺成分無し、催眠成分無し、呼吸器及び角膜に若干のダメージあり』

 

「(つまりは単純に、視界を奪うだけの煙幕か)」

 

 

 入り口を遮っていた対物シールドの消滅を達也は感知した。ヘルメットのバイザーに映る視界が、自動的に赤外線モードに切り替わる。だが、部屋に侵入する人影は無い。しかし達也の「眼」は、音もなく突進してくる男の「姿」を捉えていた。

 情報から再構成された人影は赤外線の放射を外気温に一致させるステルススーツを着て、超音波で視界を確保している。超音波視覚化ゴーグルは付けていないから、この男の特殊技能なのだろう。さしずめ「コウモリ男」か。

 何にせよ、刃を向けてくるなら反撃するだけだ。達也は敵のブレードを右手のナックルガードで弾き、左手で相手の額を掴んだ。その状態で振動魔法を発動。左の掌から振動波を送り込む。高い威力を出せない人工魔法演算領域が生み出した振動波だ。致命傷にはならないが、脳震盪を引き起こすには、十分な強さだった。「コウモリ男」が膝から崩れ落ちる。妙な倒れ方をしたようだが、頭を強打していたとしても、達也はそんなことまで気を遣っていられない。そもそも、そんな暇は無かった。倒れた男の向こう側から次の敵が襲ってくる。それも一人や二人ではない。合計八人。

 

「(限界か)」

 

 

 達也はここまで、警備兵を殺さないように戦ってきた。彼が依頼された仕事はカノープスの脱獄とパラサイトの抹殺。パラサイトではないアメリカ兵の殺害は含まれていない。今更殺人に禁忌は覚えないが、必要の無い遺恨の生産は達也としても好ましくない。だがそれは、ミッションの達成よりも優先されるものではなかった。

 外から砲丸が投げ込まれる。陸上競技に使われる、あの鉄の球が、山なりではなく直線状の軌道で達也に襲いかかった。時速二百キロ前後。魔法が働いている様子は無い。射出時のみ魔法で加速したのだと思われる。

 弧を描いてカードが迫る。一見、単なるプラスチック製だが、鋭く研がれたエッジは高強度の樹脂でコーティングされている。こちらも、今は魔法が働いていない。カードに施された微妙な反りによってカーブする軌道が標的に交わるよう、魔法でカードのスピードと角度と回転数を調節して撃ち出したのだろう。

 いずれも、魔法による探知を避ける工夫が為された攻撃だ。達也は鉄球とカードを「分解」し、八人の襲撃者全員の心臓を撃ち抜いた。足元で動いた殺意に、ナイフを投げ落とす。脳震盪を起こしているにも拘わらず達也にバネ仕掛けのダーツを放とうとしていた「コウモリ男」が、喉を貫かれて息絶えた。最初に倒した赤毛の男に動きは無い。どうやら戦闘は、一段落付いたようだ。達也は部屋の中に蟠ったままの煙幕を、軽い気流を起こして廊下に排出した。

 

「コールサックを、まともに反撃もせず殲滅するとは……」

 

 

 倒したテーブルの向こう側に立ち上がったカノープスが、驚きを隠せない口調で呟く。

 

「コールサックというのは、こいつらのチーム名か?」

 

 

 ふとした疑問に駆られて、達也がカノープスに尋ねる。

 

「そうだ。イリーガルMAP・コールサック分隊。ステイツでもトップクラスの非合法暗殺部隊なんだが……」

 

 

 カノープスは称賛ではなく、警戒の目を達也に向ける。

 

「暗殺者は奇襲してこそ脅威だろう?」

 

 

 正面から襲いかかってくる暗殺者など恐れるに足りない、と達也は言っているのだが、これは謙遜でも自慢でもなく、会話を繋ぐ為の相槌に近いセリフで、達也が聞きたかったのは別にある。

 

「それより、コールサック分隊は合計で十人なのか?」

 

「あ、ああ。イリーガルMAPにはもう一つ、『コーンネビュラ』という分隊があってここに囚われているが、あれはハニートラップ専門だ。この状況には出てこないだろう」

 

「了解した」

 

 

 達也は部屋の中を『精霊の眼』でスキャンした。罠や伏兵の有無を確かめる為だったが、彼は別のものを見つけた。

 

「少佐。ベッドの下に縛られている者がいる。彼が貴官の仲間ではないか?」

 

 

 カノープスが慌ててベッドに駆け寄り、その下を覗き込む。

 

「ラルフ!」

 

 

 引っ張り出した赤毛の青年――ラルフ・アルゴルは、クスリを嗅がされているのか揺さぶっても目を覚ます気配が無かった。カノープスはアルゴルの戒めを解くと、彼の両足を左腕で抱え込み上半身が自分の背中側に来る恰好で、左肩に担ぎ上げた。

 

「命にかかわる危害は加えられぬようだし、置いて行った方が良いと思うが」

 

「いや、連れて行く」

 

 

 カノープスは達也のアドバイスに耳を貸さない。達也としても「言ってみただけ」に過ぎない。彼は、カノープスを説得しようとはしなかった。その代わり、別のことを尋ねる。

 

「連れて行く部下は一人だけか?」

 

「すまない。もう一人いる」

 

「分かった。急ごう」

 

 

 達也の言葉にカノープスは頷き、アルゴルを担いで走り出した。




本当に滅されずに済んだだけマシなのか……?

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