劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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部下思いのいい上司だ


仲間の許へ

 達也は余計なことを言わずに、カノープスに自分がワイアット・カーティスの遣いのものだと信じさせるためにある物を取り出す。

 

「これを預かっている」

 

 

 達也は『バージニア』の艦長を通じて預かった指輪をカノープスに差し出した。カノープスは印台に細かく刻み込まれた紋章を数秒間見詰め、指輪を自分の左手小指にはめた。

 

「確かに」

 

 

 カノープスが小さく頷く。指輪は使者を証明する物として十分だったようだ。

 

「貴官を脱獄させるよう、依頼を受けている」

 

「分かった」

 

 

 カノープスは理由も、達也の身元も尋ねなかった。どうやらワイアット・カーティスの指示は、カノープスにとって逆らえないものらしいと達也は思った。

 

「もし差し支えなければ、私と共に捕えられている部下を連れて行ってもらえないか?」

 

 

 拒否しない代わりに、というわけでもないだろうが、カノープスが足を止めたまま口を動かす。

 

「了解した。閉じ込められている場所は分かるか?」

 

「分かる。案内しよう」

 

「頼む。これを」

 

 

 カノープスの申し出に頷き、達也は彼に屋上で採り上げた拳銃を渡す。

 

「……良いのか?」

 

「武装デバイスの代わりにはならないだろうが、一応、護身用だ」

 

 

 カノープスは日本刀タイプの刀剣とCADを組み合わせた武装デバイスを愛用している。彼が達也のセリフに軽く眉を顰めたのは、自分の戦闘スタイルを知られていることに警戒感を覚えたからだろう。

 

「助かる」

 

 

 しかし、口に出してはこう応えて、カノープスは階段に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カノープスと達也が向かったのは、二百メートル離れた監獄ビルだった。途中、攻撃は受けなかった。自動銃座がピンポイントに破壊されているのを見てカノープスは驚きの表情を浮かべたが、後ろを行く達也には見えていない。ビルの大きさはカノープスが収監されていた物とはほとんど変わらないが、部屋の数はずっと多い。どうやらカノープスが囚われていたビルは高級士官用で、こちらはグレードが落ちる囚人用であるようだ。

 カノープスは時々気配を探るような仕草を挿んで廊下を進み、階段を上がる。彼は二階真ん中よりの扉の前で立ち止まった。

 

「ここだ」

 

 

 カノープスの言葉に無言で頷き、達也はナックルガード付きの戦闘ナイフを抜いた。振り下ろす途中で、刃先に分解魔法の力場を形成する。ナイフはドアの鍵を無抵抗で斬り裂いた。

 

「分子ディバイダー? いや……」

 

 

 カノープスの呟きには反応を返さず、達也は監獄というより営倉のイメージが強いドアを開けた。扉を押さえる達也の横を通って、カノープスが慎重に入室する。

 

「隊長!」

 

「ラルフ」

 

 

 だが部屋の奥から掛けられた声に、カノープスの緊張が緩んだ。赤毛の髪を中途半端に短くした細身の青年が急ぎ足で歩み寄ってくる。スターズ第一隊少尉、カノープスの直属の部下であるラルフ・アルゴルの姿だ。

 カノープスもゆっくりと青年に近寄っていく。あと一歩で手が届くところでカノープスは足を止め、握手の為に右手を前へ出し掛けた。だが青年は、いきなり床を蹴ってカノープスの横をすり抜ける。ナイフを手に、達也へ襲いかかろうとする。

 しかし、彼が突進を始めた直後、ラルフ・アルゴルの姿をした青年に想子の奔流が浴びせられた。青年の姿が変わる。赤毛と細身の体型はそのままに、別人の顔になる。

 

「術式解体!?」

 

 

 カノープスの声は、呟きと言うには大きなものだった。達也が放った術式解体の効果は、今や青年とは呼べない中年の男の偽装魔法を剥ぎ取っただけに留まらなかった。男の足取りが、体勢が、覚束無いものになる。想子の奔流を浴びて身体機能を狂わせた男へ、達也がナイフを持った右手を突き出した。特殊鋼のブレードではなくチタン合金のナックルガードが男の腹を抉る。鳩尾を強打されて、男は白目を剥き、床に崩れ落ちた。

 

「こいつは、『コールサック』のメンバーか……」

 

 

 体の向きを変えて男の顔を見下ろすカノープスが、顔を顰めてその正体を告げる。その声は達也に届いていたが、彼はカノープスに『コールサック』の説明を求めなかった。状況がそれを許さなかった。開け放たれたままのドアから拳大の物体が投げ入れられる。

 

「手榴弾!?」

 

 

 カノープスの叫びは、達也に認識と一致した。カノープスがテーブルを倒してその向こう側に伏せる。達也は手榴弾を魔法で投げ返した。人工魔法演算領域+フラッシュ・キャストで発動した魔法はこの様なシチュエーションで、威力不足を補って余りある発動速度を発揮する。

 だが敵も強かだった。達也が投げ返した手榴弾は、入り口で跳ね返って室内に戻る。扉が閉められたのではない。入り口に沿って、対物障壁が張られていたのだ。

 達也は飛行魔法を発動した。爆発物の威力は、距離の三乗に反比例する。床に伏せるのは飛散物の直撃を避ける為だが、爆発地点からの距離で考えるなら、床に転がっている手榴弾との距離は、床に伏せるより天井に貼り付いた方が遠い。それに飛行魔法には飛行中の抵抗を減らす為に、空気の繭を身体の周囲に固定する術式が含まれている。数百キロの相対的な逆風に耐える強度の繭だ。小型爆弾の爆風程度なら、シールドとしての効果も期待できるのだ。




分析力もなかなかだし、リーナの下というのが納得できない気も……破壊力は認めるけどさ……

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