劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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味方ならこれ程頼もしい人はいないでしょうし


艦長の本音

 原子力潜水空母『バージニア』の艦内時計が目的地の時刻に設定し直された。時計の文字盤が表示している現地時間は十七時ちょうど。達也はキャビンを出て、護衛兼監視の兵士を引き連れて艦橋に向かう。艦橋への入室を拒まれることはなかった。

 

「タツヤ」

 

 

 むしろ親し気に艦長のマイケル・カーティス大佐から声を掛けられる。彼はワイアット・カーティス上院議員の甥で、このミッションにおける達也の最も有力な協力者だ。だがそういった事情を剥きにして、達也はカーティス艦長に気に入られていた。

 

「あと一時間でミッドウェー島ですよ」

 

「分かりました。予定通りですね」

 

 

 達也は艦橋に来たのは作戦開始の時間を確認する為だったが、答えは彼が尋ねるより早く艦長の口からもたらされた。

 

「準備には少し余裕があるでしょう。一緒にコーヒーでもどうですか」

 

 

 カーティス艦長が言う通り、出撃準備には三十分もあれば足りる。

 

「ええ、喜んで」

 

 

 達也に断る理由はなかった。達也の返事に艦長は顔をぼころばせて、副長を呼んで少しの間艦橋を留守にすると告げる。そしてカーティス艦長は、達也を艦長室に連れて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『バージニア』の艦長室は、潜水艦の中とは思えない程広々とした物だった。まぁ『バージニア』自体が大戦前の原子力空母並の巨体だ。内部の空間もそれに応じたサイズがある。テーブルを挟んで向かい合わせに座る達也に、艦長が自らコーヒーを振る舞う。自動機で淹れたコーヒーだが、味は申し分なかった。AI搭載のコーヒーサーバーだ。人の手で淹れた物より味は落ちるというのは、多分、偏見でしかない。

 

「タツヤ、いよいよだね」

 

「はい。艦長や上院議員には、感謝に堪えません」

 

「君としてはパールアンドハーミーズを優先したいところだろうが……」

 

 

 カーティス艦長の口調は少し申し訳なさそうだ。根が善人なのだろう。

 

「いえ、最初からそういうお話でしたから」

 

 

 気にするな、と達也は艦長に伝える。

 

「そうだね。これは取引だ。だからタツヤが引け目に感じる必要もない」

 

 

 そう言って艦長がニカッと笑う。その男臭い笑みに、達也もつられて唇を緩めた。

 

「それに、飛行魔法の開発者の実戦を間近で見られるんだ。今から興奮してしまうよ」

 

 

 艦長の目に、色欲に似て全く別種類の熱がこもる。

 

「飛行歩兵、そして飛行小型車輌は軍事的革命そのものだ。飛行魔法によって、戦争のやり方は大きく変わる。戦争における魔法師のプレゼンスはさらに高まるだろう。それと同時に、指揮官の意識も根本的な転換を迫られる。その現場に立ち会えるんだ。軍人冥利に尽きるね」

 

「私がやろうとしているのは個人戦闘です。戦術論には、あまり役に立たないと思います」

 

「いや、それこそ我々が認識を変えなければならない点だ。戦闘は集団で行うもの。個の力は、数の力に敵わない。魔法が実戦で用いられるようになっても、この原則は変わらなかった。一騎当千はフィクションの中にしか存在しなかった。どんなに卓越した兵士でも、まず機動力の限界があった」

 

 

 興奮を自覚したカーティス艦長が、コーヒーで一息入れる。

 

「騎兵だって、一騎で戦場の端から端へ移動できるわけじゃない。バイクを使ってもそれは同じ。他にもいろいろと歩兵用機動装置が考案されて来たけど、地上を走るという制限に縛られている内は、所詮、騎兵を代替する物でしかなかった。飛行魔法はその限界を打ち破ったんだ」

 

「飛行魔法を使っても、瞬間移動が可能になるわけではありませんが」

 

「だが従来の移動手段に比べれば、一瞬と言っても良い」

 

 

 これは達也に謙遜ではなく本音だったが、カーティスはその「思い違い」をたしなめるように断言した。

 

「全ては相対的なもので、どんなことでも一瞬では終わらない。飛行歩兵の機動力は、地上部隊の対応力を超えているという意味で『一瞬』なんだ。強力な戦闘ユニットが突然目の前に現れ、戦況をひっくり返す。前線指揮官にとって、これ程の悪夢はない。しかしそれがワンマンソルジャーともなれば、従来の常識は全く通用しない。スーパーマンを相手に戦争するようなものだからね。一から対策を講じなければならない」

 

 

 カーティス艦長はニヤリと、今度は人の悪い笑みを浮かべた。

 

「だから私は、対応戦術を策定する為のサンプルを提供してくれるタツヤの戦いを、とても楽しみにしている」

 

「そう言うことでしたら、こちらも全力でお応えしたいところですが、やり過ぎると問題が大きくなりすぎてしまいますので」

 

「それはこちらも理解している。出せる力だけでどれだけの戦果を残せるのか、そこも楽しみにしているのだよ」

 

 

 本音を隠そうとしないカーティス艦長に、達也も人の悪い笑みを浮かべる。

 

「君の力はある程度は聞かされているし、力をセーブした状態でも十分に制圧できると信じているよ」

 

「ありがとうございます」

 

「おっと、そろそろ準備を始めた方が良いかもしれない時間だね」

 

 

 艦長室の時計に目をやってそう告げるカーティス艦長に、達也も無言で頷いて席を立つ。これからUSNAの基地を襲撃するにしては、穏やかな雰囲気のまま会話は終了したのだった。




楽しめる立場だと良いですね

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