劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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お見舞い一つでも大変だな


お見舞いの計画

 七月二十一日、日曜日。今日から魔法大学付属第一高校は、他の付属高校同様夏休みだ。例年であれば生徒会長は九校戦対策に大忙しの時期だが、今年は九校戦が中止になった為、深雪のスケジュールは空白になっている。

 だから、というわけではないが、深雪は達也を看病するという名目で昨日から巳焼島に滞在していた。――もっとも、九校戦が例年通り開催されることになっていても、深雪は同じ行動を取ったに違いない。たとえ、入院しているはずの達也が病院にいなくても。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 午前八時。朝食を終えてすぐ達也が入院していることになっている病院を訪れた深雪の携帯端末に、電話が掛かってきた。深雪が今いる部屋はICUのモニター室だ。ICUは医者と看護師以外立ち入り禁止なので、見物客は廊下の窓から中の様子を窺うか、モニター室からカメラ越しに患者を見守ることになる。深雪の携帯端末に電話が通じたのはモニター室に無線中継器があるからだ。病院の壁が電磁波を遮断する素材で造られているので、ICUが面している廊下に深雪がいたなら電話はつながらなかっただろう。電波遮断以前に、端末の電波送受信をカットしていたはずだ。

 

「司波です」

 

『深雪……』

 

 

 スピーカーから聞こえてきたのは、少し聞き取りにくい沈痛な声だった。

 

「ほのかね? 達也様のことで掛けてきてくれたの?」

 

 

 ほのかを、友人たちを騙していることに胸を痛めながら、深雪は落ち着いた声音を意識して応える。

 

『本当は昨日、電話しようと思ったんだけど……。深雪、それどころじゃないだろうからって』

 

「雫がそう言ったの?」

 

『ウン……』

 

 

 深雪が涙ぐみそうになったのは、演技ではなかった。

 

「……ありがとう。気を遣ってくれて」

 

『ううん。……それで、達也さんの容態は……?』

 

「幸いと言っては変だけど、命に別状はないわ。今はまだICUから出られないけど、順調に行けば一週間くらいで退院できるそうよ」

 

 

 ほのかの問いかけに、深雪は建前を返す。

 

『そう。良かった……』

 

 

 言葉とは裏腹に、ほのかの口調や声音は拭いきれない不安をのぞかせている。深雪のセリフは、深く考えた末のものではなかった。

 

「気になるなら、来る?」

 

『良いの?』

 

「ええ」

 

 

 だがほのかから問い返されて頷いた時には、深雪の中で考えが纏まっていた。病院に人を近づけるのは、本来であれば好ましくない。達也の入院は偽装であり、本人は既に、国内にいない。病院にいるのは精巧に作った人形、ダミーだ。何処から情報が洩れるか分からない以上、お見舞いを許容しても、ダミーが寝ているベッドのすぐ側まで近づけるわけではない。だからこそのICUだが、それでも訪れる人間が増えれば、それだけ秘密が暴露されるリスクが高まる。

 しかし、親しい学校の友人が――ましてや婚約者が一人も見舞わないというのも不自然だ。それにほのかや雫、エリカたちが達也に不利な真似をするはずはない。その点、深雪は彼女たちを信頼していた。

 

「達也様のことを心配してくれるのは、私も嬉しいから。来るのは、ほのかだけ? この島に普通の意味のホテルは無いから、泊まるなら私が手配しておくけど」

 

『えっと、また後で電話して良い?』

 

「構わないわよ」

 

『じゃあ、お昼過ぎにでも』

 

「ええ、待っているわ」

 

 

 ほのかとの電話が切れる。深雪は携帯端末ではなく暗号装置一体型の固定電話機で四葉本家に電話を掛けた。幸いすぐに、真夜につながる。

 

『深雪さん、どうかしたのかしら?』

 

「叔母様、達也様の婚約者で私のクラスメイトたちが達也様のお見舞いをしたいと申し出てきまして。婚約者でもありますので、カムフラージュにも使えるのではないかと思うのですが、許可していただけませんでしょうか」

 

『そうねぇ……未だに達也さんが本当に入院しているのか疑っているマスコミたちもいることですし、婚約者がお見舞いに来ないのは不自然だと思われてしまうかもしれないわね……』

 

 

 少し思案したような間があったが、真夜の表情は既に決まっているような感じがしていた。

 

『あまり大勢で来られるのはマズいかもしれないけど、数人程度なら問題ないと思うわ』

 

「分かりました。人数が分かり次第また連絡いたします」

 

『分かりました。それじゃあね、深雪さん』

 

 

 電話越しに真夜の楽しそうな笑い声を聞きながら、深雪は電話越しに一礼して受話器を置いた。

 

「深雪、どうかしたの?」

 

「なんでもないわよ。それより、リーナは何故ここに?」

 

「深雪の姿が見えないから一応探しに来たのよ。貴女の身の安全を任されているのだから」

 

 

 思わず「達也から」と言いそうになったが、リーナは周りの耳を気にしてそれは言わなかった。

 

「この島ならそれ程危険は無いと思うわよ」

 

「今の状況はそうでもないでしょ? それにこの島はついこの前襲撃を受けたばかりなのだし」

 

 

 リーナのセリフを、考え過ぎだと一蹴することはできなかった。今もマスコミが達也のことを狙っているし、その中に刺客が紛れている可能性もある。そのことを深雪もリーナも忘れていなかった。

 

「分かったわよ。一応今後は貴女に話してから出かけるわ」

 

「そうしてちょうだい。いちいち準備するのは大変だから」

 

 

 変装しているので仕方ないが、リーナは日本人っぽい表情でそう告げるのだった。




リーナの勤務態度は微妙だな……

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