劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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普通ならおかしいと思う


警備艦、衝突

 警備艦の舳先が『落陽丸』の左舷、ちょうど達也のキャビンがある辺りに突き刺さった。対艦ミサイルと高速大型魚雷の発達で戦闘艦の重装甲は意味を失った。今世紀の軍事艦艇は、必要最低限の装甲を纏うだけで、防御面を対空砲撃と魚雷迎撃、ステルス性と機動力に頼っている。

 だが沿岸警備隊の艦艇が相手にするのは対艦攻撃機や潜水艦、無人魚雷艇ではなく小火器で武装した不法入国船団や工作船、海賊である。高威力の攻撃を受ける危険性が低い代わりに、先制攻撃で撃沈すると人権団体による国際的な非難を被るリスクがある。相手が難民を装った軍事組織の工作船だった場合、そうした非難は風評被害そのものだが、往々にして外交的に無視し得ないダメージをもたらす。相手が難民でないという証拠を掲げてからではなければ、中々攻撃に踏み切れない。

 その為、警備艦艇はある時点から、機関砲や歩兵用ロケット砲の先制攻撃を受け止め、自棄を起こした不審船の体当たりに耐えられる装甲を備えるという、純軍事艦艇とは逆方向の道を進んできた。これは逆に言えば、体当たりで他の船を沈める船体を持つということだ。さすがにラムなどという時代錯誤な代物は備えていないが、不審船の逃走路を塞いでわざわざぶつけさせ航行不能に追いやるのは、現代の国境警備隊艦艇が良く使う手口だ。

 だが『落陽丸』は既に停船していた。逃げ道を塞ぐのではなく、停まっている船に自分から体当たりを仕掛けるのは警備艦のすることではない。『落陽丸』も元は警備艇として建造が始まった船だが、途中、民間船への転用が決まった段階で装甲は省略されている。強固な装甲を持つ警備艦に激突されて、船体が耐えられるはずはなかった。

 『粟国』の舳先がめり込んだ左舷から亀裂が広がる。最初に穴が開いた場所は喫水線の上だったが、亀裂は既に喫水線の下まで広がっている。『落陽丸』の沈没は、誰の目にも、最早避けられない。ただ沈むだけでなく、船体が真っ二つに折れるのも時間の問題に思われた。五、六百メートル先では、USNAの駆逐艦が錨を巻き上げている。『落陽丸』乗組員の救助に向かう為だろう。巳焼島では水上警察の艦艇が次々と出港している。

 一方『落陽丸』に致命傷を与えた『粟国』は、逆進を掛けて『落陽丸』から離れようとしていた。体当たりを前提とした装甲艦で、サイズも『落陽丸』が全長五十メートルに対して『粟国』が全長八十メートル。内部を支える構造材もそれに応じて太く、厚く、頑丈だ。外側から見る限り『粟国』に目立った損傷は無い。常識的には、いったん距離を取った後、『粟国』も救助に参加するはずだ。衝突が、事故ならば。

 だが警備船『粟国』はライフジャケットで海に漂う人々の最も近くにいながら、彼らを救おうとはしなかった。『落陽丸』との間に五十メートルほどの距離ができても後退を止めようとはしない。それどころか、『粟国』の小型機関砲が『落陽丸』に向けられた。小型といっても戦闘機用より大きな口径を持つ機関砲は、『落陽丸』程度の小型民間船に対しては十分どころか過剰とも言える破壊力を持つ。逃げ遅れた者が船内に残っていれば、止めを刺す行為だ。

 炎が上がった――砲口からではなく、機関砲の根元から。装填されていた弾薬が一斉に爆発したのだ。

 接近するヘリから、青年が身を乗り出している。ラフな服装にラフな髪形をしたその青年は、左手でドア枠を掴んで身体を支え、右手で拳銃のような物を突き出していた。その青年の名は堤奏太。四葉分家・新発田家次期当主、新発田勝成のガーディアンで調整体『楽師シリーズ』の第二世代だ。

 奏太が右手に握る拳銃形態CADの引き金を引く。拳銃であれば銃口に当たるCADの先端、その先三十センチの空間から警備船に向かって量子化された超音波のビームが伸びた。振動系魔法『フォノンメーザー』。機関砲の弾薬を引火、爆発させたのは熱線化された超音波を打ち出すこの魔法だった。

 警備船の前を横切ったヘリから放たれる『フォノンメーザー』が、残されたもう一門の機関砲を爆破する。警備船が回頭を始めた。『落陽丸』に止めを刺すのを諦めて、逃走に掛かったのだ。

 無論、巳焼島に配備された四葉家の魔法師が『粟国』を見逃すはずはない。タンデムローターの輸送ヘリが西から『粟国』に接近し、兵員を降下させた。警備船の甲板に降り立った四葉分家・新発田家の魔法師たちは、船内の征圧を始める。しかしそれで、『落陽丸』の沈没が阻止されたわけではなかった。

 沈み行く小型艇の周りで水上警備艇による、そして駆逐艦『マシュー・C・ペリー』から降ろされたボートにおる、懸命の救助活動が繰り広げられている。新発田家の魔法師たちはそちらを気にすることなく『粟国』の船内を征圧し、首謀者と思われる人間の拘束に成功。訊問の為に一度巳焼島へ連れ帰ることで話はまとまった。

 

『ご苦労だった。島へ帰投しろ』

 

 

 新発田家の魔法師たちに対して無線で命令が発せられ、船内に残っていた魔法師全員が巳焼島へと帰投を始めるのだった。




勝成の出番が多い気がする

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