劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

2060 / 2283
呼び出しだからなぁ……


意外なメッセージ

 翌日、七月十七日の昼休み。昼食を終えた食堂で雑談をしていた深雪が、「あらっ?」という表情を浮かべて内ポケットから携帯端末を取り出した。今世紀前半のメッセージアプリ全盛期のような、一日中時間に関わりなくメッセージが飛び交い中高生がその処理に追い立てられるという光景は、過去のものとなっている。それだけに、意味の無いメッセージが飛び込んでくる可能性は低い。

 

「深雪お姉様?」

 

 

 ただ意外感に固まってしまうような報せは、やはり少ないだろう。端末の画面を表情の抜け落ちた顔で見つめている深雪に、泉美が訝し気な声を掛けた。深雪が端末から目を外して泉美を見る。ハッとして、ではなく、シームレスに、深雪は自然な表情へと切り替わっていた。

 

「ごめんなさい。何でもないのよ」

 

「……ねぇ、夏休みの予定は決まった?」

 

 

 同席していたエリカが、いきなり話題を変えた。彼女の意明るい声は、友人、後輩たちに「詮索するな」と命じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼休みもそろそろ終わるということで、深雪たちは教室に戻ることとなり、フロアの違う泉美と詩奈を除くメンバーがゾロゾロと歩いている中、一番後ろを歩いていたエリカの隣に深雪が自然な感じで近づく。

 

「さっきはありがとう」

 

「何のこと?」

 

「恍けなくて良いわよ。エリカのお陰で、余計な詮索から逃れられたんだから」

 

「余計なお世話かなとも思ったんだけど、深雪の表情の移り変わりがスムーズ過ぎたからね。よほど知られたくないことなんだろうなって思っただけよ」

 

「そうやって自然に相手の表情を読めるのは、エリカの美点だと思うわ」

 

「よしてよ。そんなこと言われると、あたしも深雪の用事が気になってきちゃうでしょ」

 

 

 エリカの分かり易い照れ隠しに、深雪は笑みを浮かべるだけでそれ以上は何も言わなかった。エリカの方も本気で深雪の用事が気になるということはなく、そう言えば深雪がこれ以上自分を褒めちぎることはしないだろうと計算しての発言なので、二人の会話は自然な感じで終わったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 深雪はリーナと一緒に、今日も早めに帰宅した。これは先週の木曜日からずっと変わらない。学校側から早く下校しろと指示が出ている。ただ今日は「遅くまで残っていてはならない」ではなく、「遅れてはならない」という意思に基づく行動だった。

 昼休みに深雪が受け取ったメッセージは「今日は午後六時までに必ず帰宅するように」という、四葉本家からのものだった。そこには今晩、都内のホテルで行われる会食に出席しろという命令と、午後六時半に迎えに行くという予告、リーナも同行させるようにという指示、それに、達也には連絡済みであるという伝言が含まれていた。

 

「おかえり」

 

 

 マンションで出迎えた達也は、まだ普段着のままだった。深雪はそれを意外には思わなかった。ドレスアップには女性の方が、一般的に時間が掛かるのだ。自分と達也もその例外ではない。迎えが来る予定時刻まで、もう一時間を切っている。

 

「すぐに支度して参ります」

 

 

 深雪は玄関で出迎えた達也に、そう応えた。

 

「リーナも急いで」

 

「ちょっと待って! 私、ドレスなんて用意してないわよ!」

 

「大丈夫、貸してあげるから。サイズはほとんど変わらないでしょう」

 

 

 厳密にはリーナの方が一センチ背が高く、深雪の方がほんの少しバストのサイズが大きい。だがそれは、ヒールとパッドでどうにでもなるレベルだ。

 

「あーっ、もう! 分かったわよ」

 

 

 リーナとしては、サイズよりもデザインの方向性が心配だったのだが、そんなことで抵抗しても無駄だということは試してみるまでもない。リーナは大人しく、手を引かれるまま深雪について行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 深雪とリーナがお互いに助け合ってドレスアップを済ませ、深雪の部屋から出て来たのは午後六時二十五分のことだった。

 

「二人とも、良く似合っているな」

 

 

 堅苦しくなり過ぎないブラックスーツに着替えた達也が、二人を褒める。

 

「ありがとうございます。私のドレスでリーナの『色』に似合う物が中々無くて……少し無難すぎましたでしょうか?」

 

「達也に褒められるなんて、少しだけ意外な感じがするわね」

 

 深雪がはにかみながら、その場で静かにターンをし、リーナが照れているのを隠そうと何時もより早口で応えた。

 

「いや、そんなことはない。深雪の黒髪にもリーナのブロンドにもマッチする、良いチョイスだと思う」

 

 

 深雪とリーナは、リトル・ブラック・ドレスのお揃いで決めていた。ただ、微妙にデザインが異なる。リーナのスカートの方が少しだけ丈が短く、深雪のワンピースの方が少しだけ襟ぐりが広い。

 しかし二人の美貌の前には、この程度の差異など無いも同然だろう。控えめに言っても、絶世の美少女同士だった。

 深雪が満面の笑みを浮かべ、リーナが少し赤くなりながら達也から目を逸らす。玄関の呼び鈴が鳴ったのは、その時だった。アナログ式の掛け時計の針は、六時二十九分を指していた。

 

『達也様、深雪様、リーナ様、お迎えに上がりました』

 

 

 リビングのモニターに表示された兵庫は、画面越しだというのに恭しく一礼している。達也は深雪とリーナに視線を向け、二人を先導するように玄関へと向かった。




リーナにとっては嫌味にしか聞こえなかった

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。