午後七時。リーナは今日も、達也、深雪、ミアと一緒に食卓を囲んでいる。ただ今日はずっとテーブルで待っているのではなく、深雪やミアと一緒にキッチンに立った。残念ながら「一緒に料理をした」と言える水準ではなく「二人のお手伝い」だったが。
「……まさか雫の方から提案してくるなんてね」
苦労して箸を操りながらリーナが達也に話しかける。深雪はなかなかスパルタで、ナイフとフォークで箸を代用することをリーナに許していない。
「確かに、意外だった」
雫の提案とは「ほのかのことを達也が守って」という内容のものだ。雫の提案は達也が「婚約者以外も自分の庇護下に置く必要があるかもしれない」と口にしたものと似ており、リーナもその話は聞いていたからだ。
「でも達也だって、向こうから言ってくれて都合がいいって思ったんじゃない? さすがに淑女のプライバシーを覗ける能力を常時向けると言うのは、抵抗があったんじゃない?」
「そうだな。……本当は守ってやらなければならない状況になんて、ならない方が良かったんだが」
達也の独り言めいたセリフは、リーナたちの予想外に重いもので、三人は一瞬言葉を失い、リーナとミアは視線で深雪に助けを求めた。
「……ほのかも魔法師ですから。達也様とは関係なく、危ない目に遭う確率は低くないと思いますよ」
「そ、そうね。強い魔法師に目をつけて無理矢理思い通りにしようとする連中だし、政府にも民間にも犯罪組織にもいるし。達也に守ってもらえるのは、ほのかにとって幸せなんじゃないかしら」
「そ、そうですね。達也さんに守ってもらえるなら、絶対的な安心感を手に入れられるでしょうし」
三人が慌てて慰めを口にする。実際慌てているのはリーナとミアの二人で、深雪の言葉には、自分に言い聞かせているような趣があった。
「……まぁ、そうだな。それにこの件は、今すぐどうこうしなければならないという性質のものじゃない」
「……そうですね。今は水波ちゃんの方が優先です」
深雪の言葉に、四人の箸が止まる。空気が一層重くなったが、今度は逃げたり誤魔化したりできなかった。
「……私が言うことじゃないかもしれないけど、水波を追い掛けなくて良いの? 諦めるつもりはないんでしょう?」
「もちろん、諦めるつもりは無い」
リーナの問いかけに、達也が即答する。そこに、迷いはなかった。深雪の表情から、少しだけ憂いが消えた。
「行方は掴んでいる。現在位置は……東京のほぼ東、約千二百キロ。太平洋の海中を三十五ノットで航行中だ」
「そんなことまで分かるの!?」
達也が発したセリフに、リーナが目を丸くする。彼女も達也の『精霊の眼』がそこまで正確に相手の居場所を把握できるものだとは思っていなかったようだ。
驚き過ぎたリーナの手から、ポロっと箸が落ちた。深雪が正面に座るリーナに、非難の目を向ける。リーナは「ゴメンナサイ」と小声で謝って、テーブルクロスに落ちた箸を陶器製の箸置きに載せた。
「海中ということは、潜水艦で移動中なのですか?」
リーナが「立て箸」や「渡し箸」といった横着をしなかったのを見届けて、深雪は達也に顔を向け問いかけた。なおいうまでもなく、深雪は食事を中断した直後に箸を箸置きに置いている。
「そこまでは分からない。全水没型輸送艦の可能性もある。……それより、せっかくの料理が冷めてしまう。食べながら話そう」
「そうですね」
「全水没型輸送艦なんて、良く知っているわね……」
反応はそれぞれだが、深雪とリーナも達也に続いて食事を再開する。なおミアは達也の『眼』の性能に衝撃を受け過ぎて、未だに現実に復帰できていない。
「東京の東って……ハワイ、かしら? それとも……」
リーナは「ふと思いついた」という態度を装っているが、期待感を隠しきれていなかった。その期待感を感じ取ったミアが、ようやく現実に復帰した。リーナとミアは水波を乗せた艦船がミッドウェー島に向かっているのを、奇貨と捉えているのだ。
それを不謹慎だと、達也も深雪も咎めなかった。達也と深雪が水波の身を案じているように、彼女たちがミッドウェー監獄に閉じ込められたベンジャミン・カノープスのことを大切に思い、心配しているのは二人とも理解していた。
「ハワイ諸島、それもハワイ島やオアフ島ではないだろうな。ミッドウェー島か、その隣の環礁か……」
だからこそ、という面は間違いなくあっただろう。達也はリーナが望む方向へ話を発展させた。
「リーナ、北西ハワイ諸島にアメリカ軍の基地は無いか?」
達也は三矢家からパールアンドハーミーズ環礁にある米軍基地の存在を聞いている。それでもあえてこの質問をリーナに投げ掛けたのは、ミッドウェー監獄を無視しないという言外のサインだった。
「パールアンドハーミーズ環礁に海軍の補給基地があるって聞いたことがある」
しかし残念ながら、リーナは予想外に真面目だった。達也のサインに気づかず、聞かれたことだけに答える。深雪が「そうじゃないでしょう!」というもどかし気な視線をリーナに向け、ミアも「変なところで真面目なのだから」と言いたげな視線をリーナに向けていた。
勘の鈍いリーナ……