劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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謝りたい気持ちは分からなくはないですけど


響子からの謝罪

 カップを食洗機に入れて――スイッチを操作しなくても洗い物が適量になったら自動的に始動する――達也は彼に宛がわれている部屋へ向かう――だが彼は途中でリビングに寄ることになった。動画電話のコール音に呼び止められたのだ。

 時刻はまだ八時前。こんな時間に電話してくるのは、急ぎの用事があるからだろう。あるいは、この時間しか電話できないのか。そう思うと、知らん顔は躊躇われた。リビングに入った達也が受信ボタンにタッチする。壁面ディスプレイに登場したのは、軍服を着た藤林響子だった。

 

『達也君、おはようございます。こんな時間からすみません』

 

 

 響子が遠慮がちに画面の中から話しかけてくる。その態度は、朝早くであることを気にしているばかりではないように見えた。

 

「おはようございます。急なご用件ですか?」

 

 

 達也は素っ気ない口調でいきなり尋ねた。愛想が無いのは気分を害しているからではなく、これが達也の平常運転なのだ。

 

『急用というわけでは、ないのだけど……』

 

 

 口籠る響子。達也はカメラ越しの視線で続きを促す。響子はディスプレイの中でそわそわと瞳を左右に揺らし、達也の顔を直視しないまま、本題を切り出す。

 

『……父のことで、謝罪したくて。達也君、お時間をいただけないかしら』

 

「それは、直接会って話をしたいということですか?」

 

『えぇ』

 

 

 ここで響子は、ようやく覚悟を決めた表情で、達也と目を合わせた。

 

『父がしたことは、カメラ越しの謝罪で済まされる裏切りではないから』

 

 

 藤林響子の父、藤林長正は昨日、富士山麓・青木ヶ原樹海で達也と戦った。九島光宣を逃がす為に、達也の追跡を邪魔したのである。その前日、長正は光宣の捕縛に関して達也に協力すると約束していたから、彼の行為は紛れもない裏切りだった。だが達也の返事は、相変わらず素っ気なかった。

 

「不要です」

 

『でも……』

 

「謝罪は今、受け取りました。これ以上は不要です」

 

 

 取り付く島もない。達也の口調は、そんな表現が似合うものだった。それでも響子は、食い下がろうと口を開く。しかし達也の声が、彼女の機先を制した。

 

「それより、お父上のお見舞いに行かれては? 入院先はご存じですか?」

 

『え、ええ。母から聞きました』

 

「重症ですが、面会謝絶にはなっていないはずです」

 

 

 達也に敗れた藤林長正は黒羽貢の配下に捕らえられて、四葉家の支配下にある甲府の病院に運び込まれた。今はそこに軟禁されたまま治療を受けている。ただ軟禁と言っても、四葉家には長正と外部との接触を妨げるつもりは無い。家族には病院の名前と住所、電話番号を昨晩の内に伝えてあった。

 

『……分かりました。この度は本当に、申し訳ございませんでした』

 

 

 迷惑を掛けた張本人である父親としっかり相談してから、出直してこい。達也はそう言っているのだと、響子は解釈した。

 

「いえ、お大事に」

 

 

 響子が自分の発言を誤解していることを達也は何となく察していたが、わざわざ言い訳しようとはしなかった。彼は皮肉と受け取られても仕方のないセリフと共に、通話スイッチを切った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 国防陸軍第一〇一旅団独立魔装大隊指令室に出勤した風間中佐は、席を温める間もなく部屋を後にした。卓上端末を立ち上げた直後、呼び出しのメッセージを目にしたからだ。そして彼は今、一○一旅団司令官である佐伯少将のデスクの前に立っている。

 

「昨日、旧山梨県富士河口湖町の西湖近くで九島蒼司が警察の取り調べを受けました」

 

 

 一通り定型的な遣り取りをした後、佐伯が最初に取り上げた話題はこれだった。

 

「九島家の次男と同じ名前ですね」

 

「本人です」

 

 

 風間の顔に浮かんでいる意外感が、ハッキリとしたものとなった。

 

「何故そんなところに? 九島閣下の葬儀を明日に控えて、遠出をしている余裕などないはずですが」

 

 

 光宣に殺された――表向きの死因は病死ということになっている――九島烈の葬儀は、風間が言うように明日、九島家の地元で執り行われる予定だ。間違いなく、多数の弔問客が式場を訪れるだろう。今日だけでなく、昨日も遺族は準備に追われていたはずだった。

 

「どうやら九島蒼司は、九島光宣の逃亡を支援して司波達也と一戦交えたようですね」

 

「九島家はまだ、九島光宣とつながっていたんですか?」

 

「状況証拠だけですが」

 

 

 風間の声には、驚きよりも呆れの成分の方が濃く混じっていた。一方、佐伯は特に驚くでも呆れるでも意外感を示すでもなく、淡々と風間の質問に答える。

 

「警察が訊問できたということは、達也は九島蒼司を消さなかったのですね?」

 

「当たり前です。彼の雲散霧消は機密指定魔法ですよ。使用人奪還の邪魔をされたくらいで乱用するなど許されません」

 

 

 ここで、佐伯のポーカーフェイスにひびが入った。彼女のセリフは、軍の立場を一方的に押し付けるものだ。達也にとっての優先順位は別にあるし、水波は単なる『使用人』ではないことを佐伯も風間も知っている。しかし風間は、今この場でそれを指摘したりはしなかった。ここでそのことを指摘しても意味はないと理解しているからだ。




この程度で婚約者失格にはなりません

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