劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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やっぱり八雲は強い


五遁連鎖の術

 開戦の合図は風に舞い散る木の葉だった。ケヤキ、コナラ、ヤマザクラ。校庭の隅に植樹された木々の葉が、真夏にも拘わらず、まだ青々として赤みを帯びている部分もないのに、枝から千切り落とされたように落ちてくる。不自然な落葉と、不自然な風。渦巻き迫る青葉の群れを前に、達也は大きく横に跳躍した。躱しきれなかった葉が、達也の腕を掠めて一筋の線を刻む。

 表面を薄く、ではあるが、防刃・防弾効果を持つ『フリードスーツ』を木の葉が切り裂いたのだ。「葉」と「刃」。言霊を利用した「類感呪術」の応用だろう。通り過ぎた木の葉の群れが、大きくカーブして再び達也に襲いかかる。

 達也の身体を、眩い想子光が覆う。接触型『術式解体』。かつて達也が苦戦した、十三束鋼の得意技だ。達也は想子操作の技術で、十三束の体質的な特殊技能と同じ効果を持つ技を編み出していた。想子の装甲に触れた風が勢いを失い、木の葉が刃の性質を失って地に落ちる。

 

「(『木遁術』――『木の葉隠れ』のバリエーションか?)」

 

 

 達也は想子の鎧を解除して、八雲の気配を探った。『精霊の眼』は使わない。先程の戦闘でも明らかなように、八雲は『精霊の眼』を欺く術を持っている。頼りすぎるのは危険だ。かえって八雲の術中に陥る恐れがある。

 達也の感覚が八雲の所在ではなく、魔法発動の気配を捉える。場所は足下。達也はその場から大きく飛び退いた。彼の身体が空中にあるうちに、地に散った木の葉が一斉に燃え上がる。まだ青々としていたにも拘わらず、乾ききった木の葉に火を付けるような勢いだ。

 

「(五行相生に則った『火遁術』か)」

 

 

 五行相生、木生火。この「木が火を生む」という言葉を現実に対して強制的に適用することで、水気を含んだ青葉を枯れ葉の如く燃焼させた。これも言霊の魔法と呼べるかもしれない。

 木の葉が燃え尽きても、火は消えない。可燃物を伴わない、物理的にはあり得ない魔法の火が達也を追いかける。これは現実の炎ではない。これは炎の幻影だ。しかしこの炎に触れたなら皮膚が焦げ肉が焼けることも、達也には分かっていた。

 達也は圧縮した想子の砲弾を幻影の炎にぶつけた。『術式解体』。実体を持たない情報に他ならない幻影は、想子の暴風に吹き消された。『術式解散』を使わなかったのは、魔法式を読み取るプロセスに罠が仕掛けてあるかもしれないと警戒したからだ。

 それが疑心暗鬼でないとは言えない。警戒させることで達也の得意技を封じるのが八雲の目的ならば、達也はまんまとその術中にはまっていることになる。もっとも、達也もやられてばかりではなかった。

 

「(五行相生ならば、次は「土」。『土遁術』か)」

 

 

 炎を消した達也は着地する直前の空中で片足を高々と挙げ、着地すると同時に地面を激しく踏みつけた。靴の裏から拡がった想子波が、地面を震わせる。舞い落ちた木の葉の灰から「土」へ、接触による「感染」を始めていた魔法式が想子波の衝撃で砕け散った。

 

『「五遁連鎖の術」をよく見破ったね』

 

 

 出所の分からない八雲の声が、校庭に木霊する。『五遁連鎖の術』という名称は初耳だったが、達也はそれに意識を奪われなかった。恐らくは五行相生の原理を利用して木遁、火遁、土遁、金遁、水遁と繋げていく魔法なのだろう。達也は土遁術を予測した時点で、この答えを予想していた。だが彼はこの短い思考にも精神のリソースを割かず、意識を八雲の所在に集中した。

 

『だけどまだ、終わりじゃないよ』

 

 

 八雲の言葉は、ハッタリに聞こえなかった。達也は直感に導かれて、目を上に向けた。無数の針が落ちてくる。どういう原理か尖った先を下にしてかなりの勢いで真っ直ぐに落ちてくる長い針の群れを、達也は全力のダッシュで避けた。

 土の校庭に長さ三十センチ前後の針が次々と突き立つ。その長さ、太さはすべて同じだ。最初から投擲武器として、同じ規格で作られた物に違いない。

 達也はフラッシュ・キャストで断続的に自己加速魔法を発動しながら、頭上から襲い来る長く太く鋭い針を全て躱した。

 しかし達也には、一息吐く間もなかった。地に刺さった針は、まだ生きている。全ての針に魔法発動の兆候がある。

 

「(放出系魔法?)」

 

 

 それが電撃の魔法だと、達也は「眼」を使うまでもなく直感的に覚った。

 

「(そういえば『忍術使い』と『陰陽師』は別物だったな!)」

 

 

 五行思想では一般的に、雷は木行に属する。金行と木行は金克木の関係であり、通俗的な五行思想からは、金属の針が電撃を発するという現象が導かれない。達也の悪態はこういう背景に基づくものだが、彼は埒もない雑言とは別に、実のある対処も始めていた。

 スーツ内蔵のCADを思考で操作して、達也は起動式を出力する。魔法式の構築に要した時間は、一瞬だった。魔法を無効化する情報体分解魔法『術式解散』ではなく、物質を個体も液体も微塵に砕く魔法『雲散霧消』。同一の形状を持つ複数の物体は、一つの集合体として一度の分解魔法の対象になる。これは達也の分解魔法の、きわめて優れた特徴だった。




戦いながら観察してるのが凄い

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