劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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完全なる解消は無理だろ


残る不満

 達也と八雲が高速道路から飛び降りたところは、とある普通科高校のすぐ近くだった。敷地内は緑も多く、校庭も広い。ただ逃げながらの誘導ではなく、絶妙なタイミングで攻撃を加えながらの逃走だ。達也はそれを無視できず、夜の高校へと引きずり込まれた。校舎の中にも校舎の外にも、敷地内に人の気配はない。普通であれば、まだ職員が残っていてもおかしくない時間だ。それどころかこの時間なら、生徒が残っていても不思議ではない。

 だがこの高校もやはり、非常事態が完全に解消していないという理由で生徒と職員を早々に帰宅させたのだろう。もしかしたらまだ休校したままか、あるいは夏休みを前にズラすという決定をしたのかもしれない。どのような決定がされた結果なのかは分からないが、結果は分かっている。この高校の敷地内が、今は完全に無人だということ。少なくとも達也には、そう感じられた。恐らく八雲も、同じように感じているのだろう。自分は敷地内に侵入してそれを感じ取ったが、八雲はもっと遠くからこの事実を把握していたに違いないと、達也は思った。

 八雲は無関係の人間を巻き込まぬよう配慮している。それは同時に、技と力を加減するつもりは無いということだろう。その点は達也も同じだ。まだ真の意味で真剣勝負をする気にはなれないが、命の遣り取りをしない範囲でなら、先ほどから手加減をしていない。もし八雲を殺すことになっても、自分は後悔しないだろうと達也は思った。水波の為に八雲を殺すのは、正直なところ不本意ではある。ここで八雲を失うのは自分にとって不利益しかないとも思っている。

 しかし自分にも八雲にも引き下がる意志が無い以上、最悪の事態も想定しておかなければならない。そして達也にとっては、その「最悪」よりもここで追跡を諦めることの方が、忌避すべき選択だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 葉山から亜夜子から電話だと言われ何事かと思いながらも用件を聞き、援軍を禁じた理由を問われた真夜は、事実を誤魔化さずに教えることにした。

 

「スポンサー様のご意向よ」

 

『スポンサー様の、ですか?』

 

 

 モニターの中の亜夜子は、意外感を隠せていない。無理もない、と真夜は思う。四葉家の仕事に、途中でスポンサーが口出しするのは異例のことだ。最近では、去年の冬の『吸血鬼事件』の際に解決を急かされたくらいか。

 ましてや今回は「仕事」ではない。四葉家の使用人の問題として、スポンサーとは無関係に動いている案件だ。干渉を受けるのは、真夜も予測していなかった。

 

「ええ。『今夜はこれ以上の手出しを控えてもらいたい』という、表面上は依頼の形で。達也さんを止めろとまでは言われていないけど、新たに人員を投入するのは躊躇われるわね」

 

 

 四葉家は「スポンサー」に隷属しているわけではない。あくまでもクライアント(依頼人)コントラクター(請負人)の関係で、それも下請的な依存関係にあるのではなくほとんど対等の立場だ。

 ただ四葉家が優位という力関係でもない。実力(暴力)は四葉家が上でも、権力と財力はスポンサー側が上回っている。「依頼」という形で下手に出られては、真夜としても拒否できなかった。

 

『……水波さんをお見捨てになると?』

 

「スポンサー様のご要望はあくまでも『今夜は』です。水波ちゃんを見捨てるつもりはないわ」

 

『――失礼を申しました。お許しください』

 

「亜夜子さんの気持ちも分かるけど、今夜の出動は許可できません」

 

『かしこまりました』

 

「文弥さんも、良いですね?」

 

『はい、御当主様』

 

 

 モニターに映っていた文弥にも念を押して、真夜は亜夜子との通話を終えた。画面が完全に暗くなるのを見届けてから、背後に控える葉山に、独り言のような口調で話しかける。

 

「それにしても……あの方々は本当に、何を考えておいでなのか……」

 

「やはり、パラサイトを国内から一掃したいとのお気持ちが強いのではないでしょうか」

 

「国外に逃がすより滅ぼしてしまう方が早いと思うのだけど」

 

 

 実のところ、スポンサーの指示に不満を覚えているのは、真夜も亜夜子に負けず劣らずだった。

 

「九島光宣の処理に時間が掛かり過ぎていると、あの方々はお考えなのかもしれません」

 

「ならばそう仰ればいいのに。そもそも九島光宣の捜索の邪魔をしている連中に加担してる気がして、私は嫌なのだけど」

 

 

 真夜の漏らした少女のような不満に、葉山は礼儀正しく沈黙を守ったが、表情までは誤魔化してはいなかった。

 

「何か言いたそうな顔をしていますね」

 

「失礼ながら。奥様が零された愚痴があまりにも可愛らしく」

 

「愚痴も言いたくなるわよ。貢さんからの報告だと、たっくんは藤林長正が操っていた『死霊』を消し去ったようですし、パラサイト相手にも遅れはとらないと思うのだけど。その魔法がどのような原理なのかは、分からないけども」

 

「近い内に達也殿から説明があるでしょうな。あの方は次々と新しい魔法を開発しておりますから」

 

「頼もしい限りよ。母親として、これほど嬉しいことはないもの」

 

 

 息子を自慢したい母親のような顔になり、葉山は真夜の機嫌を損ねずに済んだと確信したのだった。




親馬鹿全開の真夜

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