劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

2021 / 2283
手段が姑息


次の密告

 達也が小田原駅前に着いたのは、光宣と水波が横須賀行きの電車に乗ってから約十分が過ぎた頃だった。金曜日の午後六時台だ。駅を利用する乗降客は多く、その所為で想子の痕跡を探るのは難しい。一方『精霊の眼』に映るエイドスは、相変わらず二つに分かれたままだ。分裂を感知した時点まで時間を遡ってみても、自走車を降りて個型電車に乗り込んだ二人と、そのまま自走車で東に走り去った二人の、二通りのエイドスが観測される。残念ながら、どちらが本物でどちらがダミーか、達也にも見分けが付かなかった。

 

「(確実なのは、どちらも東に向かったということだけか)」

 

 

 二つに分かれた水波の情報は、殆ど同じ方角に向かって移動している。どちらを追いかけるにしても、とりあえず海岸線沿いの高速道路を進むのが最も速いルートだ。それは、水波と光宣を乗せていることになっている自走車のルートと同じだ。

 

「(……気に食わないが、仕方がない)」

 

 

 光宣の思う壺にはまっているような気がしていたが、他の選択肢は選びようがない。達也は高速の入口に向けてバイクを発進させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ホースヘッド分隊を操ることに成功した『七賢人』ことレイモンド・クラークは、次の密告に着手した。パラサイトになってからずっとスターズのオマケに甘んじてきた彼にとって、久々に本領を発揮できる出番だ。レイモンドの表情は生き生きしていた。

 次の情報提供先は日本の警察。ホースヘッド分隊を追っているSMATではない。今でも慣習で「県警」と呼ばれている地方警察の一支署。具体的には小田原警察署だ。彼はキーボードでタイプしたばかりのテキストを見直して、にやりと笑った。リアルタイムの遣り取りは音声入力を使うレイモンドだが、最初に送り付けるメッセージはキーボードでタイプすることを好む。その方が「密告」らしいという、趣味的なこだわりの表れだ。

 

『小田原駅付近にテロリストが電動バイクで侵入した模様。仲間割れによる戦闘が生じる恐れあり。バイクは黒単色塗装、横三眼ライトのフルカウル大型車。ライダーも黒のスーツを着用。鎌倉方面へ向かうと予想される』

 

 

 日本語で書いたその文章を見て、レイモンドは「ちょっと硬すぎるかな……」と呟いた。

 

「まぁ、良いか。あまり時間をかけてもいられないし」

 

 

 しかしその直後、自分を納得させるように独り言ちて、彼は送信ボタンをタップした。

 

「さて……。達也、君は自分の国の警察官に手出しできるかな?」

 

 

 レイモンドは邪悪な、というより、いたずら小僧の笑みを浮かべたが、彼はここで大きな勘違いをしていることに気づけなかった。達也が自国の警察官に手出しできない決めつけているということは、あまりにも危険な考え方だということを、光宣が横にいれば指摘してくれただろう。だが光宣はまだこちらに到着していないし、思考も繋がっていない。なのでレイモンドの思い込みを指摘してくれる人は誰もいなかった。

 

「手出しできなければそれでいいし、もし手出ししたら君は立派な犯罪者だ」

 

 

 自分の密告が達也の邪魔になると確信して、レイモンドはもう一度笑みを浮かべたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 小田原警察署は時ならぬ怪文書に、ちょっとした騒ぎになっていた。小田原にテロリストが侵入したという電子メール。警察官たちはそれを呼んで、最初はイタズラだと笑っていた。

 しかし念の為に小田原駅付近のカメラを中継モードで確認して――録画データと違って、ライブ映像は利用制限が緩くなっている――、メール文に記載されたとおりの特徴を持つバイクとライダーが発見されたことで、対応を主張する刑事が約半数に上ったのだ。

 黒のフルカウバイクは、特に珍しい物ではない。黒のライディングスーツも同様だ。だが黒のバイクに黒のライダーの組み合わせは、言われてみれば何となく怪しいと思えてくる外見だった。

 

『署長。電動二輪の所有者が分かりました』

 

 

 ナンバープレートを照合させていた係員から内線で報告が届く。すぐに持ち主が判明したということは、少なくともナンバープレートは偽装ではない。

 

『花菱モータースポーツという東京の会社の、法人名義です』

 

「代表者は?」

 

『花菱兵庫と登録されています。実質個人経営の、小さな整備工場のようです』

 

「分かった。ご苦労」

 

 

 署長の前には刑事課と交通課の課長の他、機動隊の責任者も集まっていた。

 

「どう思う?」

 

「違反行為も見られませんし、現時点で職務質問を行うのも躊躇われます」

 

 

 署長の問いかけに答えたのは、交通課の課長だ。それに続いて機動隊の隊長が進み出た。

 

「特型警備車を出して追跡させましょう。もし実際にテロリスト同士の銃撃戦などという事態が勃発すれば、パトカーや白バイでは署員を危険に曝すだけの結果になります」

 

 

 第三次世界大戦、別名二十年世界群発戦争後の現在、機動隊が使用する特型警備車は、国産の小型装輪装甲車を警察用に改造した物が使用されている。

 

「そうだな」

 

 

 署長は頷き、管区機動隊に出動を要請した。




達也が警察如きに怯えると思ってる時点で小物だよな……

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