劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

2006 / 2283
頼もしい限りだ


援軍到着

 土手から降り注ぐ杭と電撃。上流から吹き付ける麻薬の風。下流から迫る刃。幹比古はホースヘッド分隊三人の攻撃を、川の水を操ることで凌いでいた。杭に対しては水の礫で。電撃に対しては濃霧のカーテンで。麻薬の風に対しては地から天へと逆流する滝の壁で。ガラスの刃で襲いかかる敵に対しては八叉に分かれた水の鞭で。

 だが遠隔攻撃に対しては遮断するのが精一杯、接近戦を挑み掛かる相手に対しては近づかせないのが精一杯で、幹比古は反撃の糸口を掴めずにいる。

 彼の背後では、美月が震えを堪えている。真夏と言えど夕暮れ時、水量が少ないとはいえ流れる川だ。膝下まで川の水に浸かっていれば、身体も冷えてくる。それが理解できるから余計に、幹比古の焦りは増していく。

 

「(……いや、ダメだ。焦るな、僕。焦りは絶対に禁物だ)」

 

 

 いっそ、一か八かの賭けに出た方が。そんな誘惑を、幹比古は自分を叱りつけることで懸命に退ける。今のところ、川の水に体温を奪われる以外のダメージを、美月は受けていない。それは幹比古が守りに徹していればこそだ。そのことは幹比古自身、よく理解していた。

 

「(ここで焦れば、全てが台無しだ)」

 

 

 幹比古は自分に、そう言い聞かせる。

 

「(ここで襲われたのは、きっと偶然じゃない。この道は、柴田さんの通学路。狙われているのは僕じゃない。柴田さんの方だ)」

 

 

 そう思っているから、神経をすり減らす、防御一辺倒の戦いに耐えられる。幹比古の忍耐は、援軍の到来という形で報われた。土手の上で激しい衝突音が生じる。堅い木材に細い金属の棒を叩きつけたような音だ。

 

「グッ! お前は、千葉の剣士娘! 何故ここに!?」

 

「問答無用!」

 

 

 その直後、ホースヘッド分隊のイギー・ホーが狼狽の叫びを漏らし、その叫びに応える声は、紛れもなくエリカのものだった。そしてエリカの後方、やや駅寄りの地点から、別の声が幹比古たちに投げ掛けられる。

 

「幹比古! 美月! 無事か!?」

 

「レオ!?」

 

 

 幹比古が応えるより早く、土手の道から大柄な人影が落ちてきた。派手な水しぶきを上げて、レオが川に降り立つ。

 

「こっちは任せな!」

 

 

 思いがけない飛び入りに立ち竦むホースヘッド分隊の暗殺者、ヘンリー・フー。

 

「気を付けて! そいつはガラス製の短剣を持っている!」

 

「おうっ!」

 

 

 レオは威勢よく吼えて、驚愕から立ち直り構えを取ったヘンリー・フーへと突撃する。パンツァー、という雄叫びは無い。レオが現在使用しているCADは、去年の夏にエルンスト・ローゼンから手に入れた思考操作型だ。雄叫びの代わりに、溢れ出す想子光を纏って、レオは短剣使いと激突した。

 これで美月を除いても三対三。幹比古は残りの一人、ゲイブ・ジュイと正面から向かい合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 長正の分身と戦っている内に、達也は隠れ家の前庭から樹海の中へと誘い込まれていた。樹海と言っても、身動きが取れない程の密度で木々が生い茂っているわけではない。魔法師でなくても多少鍛えている人間であれば、道を外れても立ち往生する心配はない。

 だが動きを阻害されてしまうのは確かだ。森林に不慣れでは、満足な戦闘行動はとれないだろう。飛行装甲服を使った三次元機動など論外だ。

 しかし、藤林長正にとっては想定外のことかもしれないが、達也は障碍物の中で動き回るのを苦にしない。彼は肉眼から得られる視覚情報の代わりに、『精霊の眼』から得られる情報に基づいて行動することに慣れている。魔法がもたらす情報ではなく電子機器から入手する非映像情報でも、ほとんど不自由は覚えないレベルに達している。

 逆に、射線が制限される分、長正が魔法の砲台を設置する場所を読みやすくなっていた。可視光や赤外線、電波が木々に遮られる所為で、肉眼による捜索やスーツのセンサーを使った探知は先程よりもさらに難しくなっている。

 だが『精霊の眼』による座標特定は、難易度が低下した。魔法を発動する瞬間、発動対象と魔法師は情報的につながっている。今までと同じ、手裏剣や礫の射出を仕掛けてくるなら、その瞬間を正確に予測できれば逆探知は成功したも同然だ。

 正面の木の陰から分身が現れる。達也は背後に「眼」を向けた。正面からの攻撃は無かった。手裏剣は右斜め後方から飛来する。下草に足を取られない、小さなステップで躱した時には、術者との接続は切れていた。正面の分身から、魔法発動の気配。

 

「(いや、違う)」

 

 

 想子弾を撃ち込んで、分身を消す。正面の分身が発動しようとしていたのは、遅延発動によるカモフラージュ用の魔法だった。後方から魔法発動の気配。

 

「(非致死性の音波攻撃)」

 

 

 振り返り、徹甲想子弾で攻撃する。

 

「(耐えた?)」

 

 

 分身は、消えなかった。可聴域上限周波数帯の音波が達也に浴びせられるが、達也が被っているヘルメットが自動的に遮断。直接的な効果だけ見れば、無意味な攻撃。

 達也は前の攻撃の、三倍の想子を圧縮した。術式解体。想子の奔流が分身を吹き飛ばすと、直後に達也の足に鎖が巻き付いた。

 無意味な攻撃は、反撃を引き出すことに意味があった。鎖が電撃の火花を散らすが、次の瞬間鎖は消え失せ、スーツの破損もその下の傷も消えていた。木々の陰から動揺が漏れる。達也の視線が揺らぐ気配に向けられる。

 達也の左に、新たな分身が現れ、炎に包まれた礫を放とうとしている。達也の「眼」が、その「姿」を捉えた。達也は本体に繋がったままの分身の情報を読み取った。今この瞬間の情報から、一瞬前の情報へ。さらに、前へ。刹那の過去へ。遡る。遡る。情報の変更履歴を「現在」に隠された「過去」を暴き出す。

 そして、達也が力を放つ。局所的『分解』。人体に細い穴を穿つ魔法。およそ十メートル先の木の陰に、人が両膝から崩れ落ちる音を、達也は確かに聞いた。




学生レベルなら幹比古たちは十分強いはずなんですが……

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