劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

2003 / 2283
自殺行為だと何故分からない……


気配の正体

 光宣の隠れ家は造りこそ平屋建てだが、部屋数は多く床面積もかなり広かった。達也は一旦玄関を出て、家屋の外周をグルリと見て回り、裏口がないことを確認して、改めて玄関から中に入った。靴は履いたままだ。床は綺麗に掃除されていたが、自分の足跡がついても達也は気にしない。彼にとってここは「捜索対象」であって「居住空間」ではない。屋敷を外から観察するのに五分近く費やしたが、これにも達也は気に掛けていない。急がば回れ、ではないが、中を探している間に秘密の通路から逃げられた、などということがないと分かっただけでも十分な収穫だった。そして気配の主は、比較的すぐに見つかった。

 

「藤林殿?」

 

 

 隠れ家の奥、窓のない調合室のような部屋で達也を待っていたのは古式魔法師『忍術使い』の名門・藤林家当主、独立魔装大隊中尉・藤林響子の実父、藤林長正だった。達也は屋敷の中でも被ったままだったヘルメットを脱いで小脇に抱え、長正の姿をしたものに話しかけた。

 

「司波殿。貴殿も来られたのか」

 

「結界に異常を感知しましたので。藤林殿も、同じ理由ですか?」

 

 

 長正の口調に責めるニュアンスは無く、問い返す達也の声は友好的なものだったが、彼の眼は鋭い光を宿していた。

 

「いや。私は予定通りだ」

 

「それはつまり、最初から俺抜きで片を付けるつもりだったということか?」

 

 

 長正の返答を聞いた達也の両眼がますます強い光を放ち、目付きまでがはっきりと、厳しく細められる。彼の言葉遣いから、年長者に対する敬意が消えた。しかしそれを、長正が気にしている様子はない。

 

「片を付ける……。フム、ある意味それは、正しい表現と言えよう。私はこの混沌とした状況に片を付ける為に、ここに参った」

 

「光宣を捕らえるのではなく、逃がすのが目的か?」

 

 

 達也は、長正のセリフとは直接つながらない問いを放つ。長正も、達也の質問とは関係ない答えを返してきた。

 

「旧第九研に、『仮装行列』の基礎となる術式を伝えたのは我が藤林家だ。先代九重の『纏い』が大本になっているのは紛れもない事実だが、それを現代魔法と結び付けたのは我が藤林家の『影分身』。他にも多くの術法を、我々は旧第九研に提供した」

 

「だから? 恨み言を聞く気はないぞ」

 

「恨み言など、まさかというもの。我々は伝統派のように、卑俗な損得に拘らない」

 

「高尚な求道目的だったとでも言いたいのか?」

 

「求道。まさにその通り」

 

 

 達也の口調に、嘲りの色が混じるが、長正は大真面目に頷いた。

 

「司波殿。貴殿は、忍びの術が何の為のものか、知っているだろうか?」

 

「知らん」

 

 

 達也は素っ気ない答えしか返さなかった。「口述試験ごっこに付き合うつもりは無い」という副音声が聞こえてきそうな口調だ。

 

「忍びの術は、電子機器が発明されていなかった時代の諜報・暗殺技術だ。『忍術』を使える忍びも使えない忍びも、諜報員であり暗殺員だった。それ以上の存在ではなかった」

 

「それが不満だったとでも?」

 

「当時を生き延びた忍びは満足していたのかもしれない。待遇は兎も角、我らの技が有意義なものであったのは間違いない」

 

「現代においても『忍術』は有意義な技能だ」

 

「果たして、そうだろうか? 電子機器の普及により、忍びが活躍出来る舞台は、ごく限られたものになった。迅速確実に発動できる現代魔法の発達によって、『忍術』は諜報の分野においても駆逐されつつある」

 

「暗殺には奇襲性に勝る古式魔法が活躍している」

 

「我々は暗殺者としてのみ生きることに満足出来なかった」

 

「時間稼ぎのつもりでないなら、結論を言え」

 

 

 もどかしさを剥き出しにした達也の要求に、長正は不快気な表情一つ見せず「よかろう」と頷いた。

 

「その有用性において、『忍術』は現代魔法に勝てない。役に立たたない技術は廃れていき、やがては消え去る定めだ。そうなる前に『忍術』を現代魔法の中に残し、同時に『忍術』を現代のニーズに応える技術に進化させる。それが伊賀上忍たる我が藤林家の務めだと先代は考えた。『忍術』そのものの発展。これこそが我々の目的だ」

 

「それが光宣と、どう関係する?」

 

「九島光宣は現代魔法に古式魔法を取り込んだ新たな術を編み出すことを目的とした『九』の魔法師の完成形。同時に、現代魔法のノウハウを極めた藤林家の一員でもある。あの者を十師族や国防軍の手に渡すわけにはいかぬ」

 

「光宣と藤林家の間に血縁関係はないはずだ」

 

「忍びに血のつながりは必要ない」

 

 

 達也は長正の説得を試みていたのではない。有用な情報が得られないか、探りを入れていただけだ。そして、その見込みは無いと判断した達也は、長正に背中を向けて歩き出した。

 背後からの攻撃は、警戒していなかった。長正に自分を攻撃出来る実体はないと、達也は最初から見抜いていた。達也の背後で、長正の姿が空気に溶ける。達也の予想通り、背後からの攻撃は無かった。

 達也はハッと目を見開き、素早くヘルメットを被って玄関へと駆け出す。その行く手を、激しい炎と爆音が塞いだ。




普通なら殺されると思うんじゃないかと……

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