劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

1993 / 2283
やってなかったな……


真言の真意

 父親の真の目的を探り当て、それが明らかになってようやく、光宣は父の「好意」が腑に落ちた。

 

「僕を日本から追い出したいんですね。僕に便宜を図ったことが他の十師族に知られたら、今度こそ九島家は二十八家の中で立場を失う。それどころか魔法界に居場所が無くなるかもしれない。だから四葉家や十文字家に捕まる前に、僕を国外へ逃がそうということですか」

 

 

 魔法界とは魔法師の社会のこと。二十八家は十師族及びその補欠の師補十八家を指す。光宣は九島家が「社会的な死」を免れる為に、自分を追放しているのだろう、と父親の真言に迫った。

 

「それもある。だがそれ以上に、お前は九島家の最高傑作だ。失うのは惜しい」

 

 

 真言は息子の詰問にあっさりと首を縦に振り、続けて薄情を通り越した無情なセリフを光宣に浴びせる。

 

「蒼司はお前に操られたことにする。それだけでも九島家の名誉は失墜するが、貴重な完成品を四葉や七草に取られるよりはマシだろう」

 

 

 蒼司がビクッと身体を震わせる。捨て駒にすると、隣で声も潜めずに言われたのだ。屈辱を覚えないはずがない。だが蒼司は、何も言わなかった。それどころか、反抗的な態度を一切見せなかった。

 

「既に下準備はできている」

 

「……蒼司兄さんに傀儡法を使ったんですか?」

 

 

 意志に干渉する魔法を掛けて蒼司を操り人形にしたのか、という光宣の問い掛けに、真言は「いや」と首を横に振った。

 

「九島家の……『九』の魔法師の役目をよく言い聞かせただけだ。蒼司も納得している」

 

「そうですか。では、お言葉に甘えます」

 

 

 光宣は次兄、蒼司の顔に目を向けた。到底納得しているとは思えない表情だったが、光宣はここで真言との問答を打ち切った。肉親の情が薄い点は、光宣も真言も非難できない。自分の身代わりで捕まって蒼司の個人的な信用がどん底まで転落しても、光宣の心は全く痛まない。だからといって、「ザマァ見ろ」とも思わないだろう。「どうでも良い」というのが、光宣の本音に最も近かった。

 元々達也の目を誤魔化す為にいろいろと手を打ってきたのだ。今更肉親を見捨てるような作戦を用いようと、光宣の心は揺るがない。今の光宣にとって大切だと思えるのは、水波のことだけであり、それ以外はまさしく「どうでも良いこと」なのだから。

 光宣のそんな考えが伝わったのか、真言は問答を打ち切った光宣のことを軽く見詰めるだけで、それ以上は何も言わずにティーカップを口に運んだ。

 

「ただ、渡航先は紹介していただかなくても結構です。既に友人が手配してくれていますので」

 

「米軍のパラサイトか」

 

 

 光宣の回答に、真言はただそう言って頷いた。九島家の当主は、パラサイト化した息子を管理下に置きたいとは思っていないようだ。それとも、自分の手には余るので、国外で好きにさせようと思っているのだろうかと、光宣は父親の本音を探ろうとしたが、すぐにどうでも良いことだと考えなおし父親を正面から見詰める。

 

「横須賀から船か? ……いや、聞かないでおこう。何時、発つ?」

 

「準備が終わり次第、すぐにでも」

 

「あの娘を説得しなくて良いのか?」

 

 

 真言の言う「あの娘」は、言うまでもなく水波のことだ。光宣を追い出すという目的のためには、水波を連れて行かない方が得策だが、真言に光宣と水波を引き離す意思は無いようだった。――こちらも、どうでも良いのだろう。

 

「しません」

 

 

 光宣は、潔い笑顔で真言の問いかけに否定を返した。

 

「どんな強制も説得もしないと決めているんです」

 

 

 こうして水波の身柄を拘束している以外に、水波の意思に反することはしない。それは光宣が自身に立てた誓いだった。

 

「若いな」

 

 

 真言は光宣の決意を誓いして、つまらなそうに呟いた。

 

「聞けばあの娘は四葉家の次期当主に懸想しているそうじゃないか。その想いをお前は知らないわけではないな」

 

「……知っています」

 

「ならお前があの娘を攫ったことはどう説明するつもりだ? 彼女の気持ちを知っていながらお前に付き合わせるのは、お前が言う『強制』ではないのか?」

 

 

 特に興味があるわけではないのだろうが、真言は暇つぶし程度に光宣に問いかける。父親が何故水波の気持ちを知っているのかという疑問はあったが、光宣は自分の考えをはっきりと答える。

 

「いくら達也さんであろうと、水波さんから魔法を奪う権利はない。だから僕は別の治療法を探し、水波さんに選んでもらう為に攫ったんです。もし水波さんが魔法よりも人であることを選べば、今すぐにでも彼女を解放すると約束して。ですから今この場に水波さんが留まっているのは彼女の意思です」

 

「お前を庇って四葉家の娘を裏切ったと思い込んでいるんだろう? あの娘の性格からして、自分で自分を責め、戻る資格がないとでも思ってお前に付き合っているだけかもしれんだろうが」

 

「そんなことはない! 水波さんは僕と達也さんたちとの間で気持ちが揺れているんだ」

 

 意外と人を見る目があるのか、真言の考察は的を射ている。だが光宣はそのことを受け容れず、水波が自分と一緒にいてもいいと思ってくれていると父親に反論する。その反論を受けて、いよいよ興味が失せたのか真言はそれ以上何も言わなかった。




明日は忘れないようにしないと……

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