劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

1977 / 2283
腹黒さでは達也に勝てないだろうな


腹黒軍人と欠陥軍人

 時刻は既に二十時を過ぎている。だが陸海空を問わず、国防軍の軍令、作戦立案にかかわる部署は日中と変わらぬ稼働率を維持していた。新ソ連艦隊は一先ず能登半島沖から撤退したが、今はまだ停戦協定すら結ばれていない。宣戦布告はなくとも、日本と新ソ連は現在も戦争状態だ。この軍事的緊張が続く限り、これらのセクションの灯りが消える事は無い。それは、国防陸軍第一○一旅団司令部も例外ではなかった。

 

 

 

 

 

 第一〇一旅団、独立魔装大隊指揮官の風間中佐は、旅団司令官・佐伯少将に呼び出されて彼女の執務室を訪れていた。風間は旅団司令部のスタッフではないが、旅団内で佐伯の腹心のような立場にある。風間自身、その役目を積極的に受け容れており、何時でも旅団司令部に出頭できるよう自分の執務室で待機していた。

 

「昨日松江に密入国した呂剛虎は、本日小松市内で無力化されました」

 

「捕らえたのですか」

 

 

 佐伯の言葉に、風間が質問の形で相槌を打つ。しかし風間の表情は暗いものだった。

 

「いえ、殺してしまったようです。手を下したのは第一師団遊撃歩兵小隊に臨時で加わっていた防衛大の千葉修次少尉」

 

「学生の身でありながら、特例で少尉の地位を与えられている『イリュージョン・ブレード』ですか。あの呂剛虎を仕留めるとは、世界トップクラスの近接戦闘魔法師と呼ばれるだけのことはありますね。叶うならば、我が大隊に欲しい人材です」

 

 

 風間の称賛を、佐伯は面白くなさそうな顔で聞いている。千葉修次に対して思うところ、含むところがあるのではない。呂剛虎を討ったのが別の士卒でも、あるいは警官や民間人であっても、佐伯は同じように不快感を滲ませていただろう。

 

「破壊工作を事前に阻止できたのは、本来喜ぶべきなのですが……『人喰い虎』も存外だらしない」

 

 

 佐伯が愚痴を漏らす。聞きようによっては、呂剛虎の破壊工作……劉麗蕾暗殺が成功することを期待していたようにも聞こえる一言だ。風間はその不謹慎な発言を、聞かなかったふりをするのではなく聞き流した。

 彼は佐伯の思惑を、一昨日の時点で知っていた。実を言えば、佐伯も風間も呂剛虎の密入国に関する情報を事前にキャッチしていた。風間の副官を務める藤林響子中尉は、彼女の能力を知る者の間で『電子の魔女』と呼ばれている。この二つ名は電子、電波に干渉する魔法に長けている魔法師を意味するのと同時に、情報ネットワークを手玉に取る悪魔的なハッカーの称号でもある。

 周公瑾のネットワークには、電子的なハッキング対策だけでなく呪術的な防御も施されている。だが電子的ネットワークの土俵の上では、響子の能力が勝っていた。佐伯と風間は響子を通じて、周公瑾に成りすました光宣と陳祥山の間で遣り取りされた通信文を入手していたのである。

 佐伯と風間は、呂剛虎の密入国計画を、場所も日時も知っていた。彼らは水際で呂剛虎を捕らえることもできた。実際に、風間は自ら部下を率いて松江港に向かおうとした。

 しかし佐伯は、風間の出動を許可しなかった。そればかりか、この情報を外部に漏らさないよう命じたのだ。佐伯は、消極的ではあるが、呂剛虎の破壊工作の手助けをしようとしたことになる。

 風間は当然、理由を尋ねた。本来、軍において上官の命令は絶対。しかし彼は、理不尽な命令を受け容れられない欠陥軍人だ。若い頃に命令された以上の戦果上げた所為で、風間は長期にわたる冷遇を味わった。その苦い経験がありながら、彼の性格は矯正されていない。佐伯は、そんな風間に対する説明を厭わなかった。

 

――新ソ連は劉少尉の引き渡しを口実に艦隊を南下させる。

――真の目的が何であれ、劉少尉がいなくなれば新ソ連の軍事行動は口実を失います。

――新ソ連の侵攻がなくても、劉少尉の存在は大きなリスクです。

――彼女が祖国に帰順し我が国に『霹靂塔』を向ける可能性は、決して小さくありません。

――呂剛虎による劉少尉暗殺は、日本にとってもメリットがあります。

――亡命者を守り切れなかったことで、国防軍は世論の非難を浴びるでしょう。国際的評価の失墜も避けられません。

――ですが劉少尉を国内から排除するメリットは、それらのデメリットを上回るものです。

――劉少尉の監視に十師族の一条将輝君が参加しているのも好都合です。

――同じ基地内にいながら劉少尉の暗殺を阻止出来なかったことに対する非難は、一条君にも向かうでしょう。

――魔法師工作員による、亡命魔法師の暗殺です。十師族に対する非難は、国防軍に対するものより大きくなることが期待できます。

 

 

 これが佐伯の思惑だった。そして風間は、その共犯に甘んじたのだが、結果は佐伯の思い通りにならなかった。呂剛虎は基地に侵入も出来ずに討たれ、彼の部下は次々に捕縛されている。呂剛虎の破壊工作失敗を最も嘆いているのは、光宣ではなく佐伯かもしれない。

 二人は気付いていないのかもしれないが、この計画が響子を通じて達也に、達也を通じて四葉家に、四葉家を通じて十師族に漏れている。もし実際に呂剛虎が劉麗蕾の暗殺に成功していたとしても、十師族は責任をこの二人に押し付けることができるということに。




内部に四葉側の人間がいることを忘れるとは……

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