劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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惚れてない相手にはちゃんとできるんだな……


将輝の慰め

 呂剛虎撃破の報せは、基地に帰投した摩利から直接、将輝たちにもたらされた。しかし彼らは、少なくとも劉麗蕾はその報せを喜ぶことができなかった。

 

「林姐が……死んだ? 新ソ連軍に内通していて……新ソ連のエージェントに仲間割れで殺された……?」

 

「はい」

 

「嘘です!」

 

 

 唇を震わせながら呟いた劉麗蕾に、摩利が端的に答えると、その答えに納得ができない劉麗蕾が摩利に食って掛かる。

 

「そんなの、新ソ連エージェントのでまかせに決まっています!」

 

 

 血相を変えている劉麗蕾に対して、摩利は落ち着いた――表情を押し殺した顔で応じる。

 

「この戦争において林少尉、コードネーム『タイガ』に与えられていた使命は劉少尉を日本に亡命させ、対日開戦の口実を作ることでした。小官が訊問したエージェント、サーシャ・フーはそう白状しています」

 

「デタラメです!」

 

「劉少尉、おかしいとは思いませんでしたか? 貴官がヴォズドヴィデンカから脱出した際、新ソ連の対応は極めて鈍いものでした。当時、ウラジオストクのすぐ北には極東軍が布陣していましたが、彼らが追跡機を出したのは自分たちの頭上を通過された後でした。普通ならあり得ないことです。既に勝敗は決していたとはいえ、大亜連合軍は武装解除されていたわけではありません。少尉が脱出に使われた小型ジェットが爆撃機だったなら、新ソ連極東軍は大きな損害を被っていました」

 

「それは……」

 

「極東軍が対空監視を怠っていたはずはありません」

 

 

 劉麗蕾の反論が途絶えたのは、彼女自身「おかしい」と思っていたからだろう。

 

「小官は、少尉ご自身の潔白を疑ってはおりません。少尉は利用されただけ。サーシャ・フーもそう話しています」

 

「林姐が私を利用してただなんて……」

 

 

 愕然とした声で呟く劉麗蕾の前で、摩利も眉を顰めていた。こんな子供を戦争の駒として利用した林衣衣に、新ソ連に、そして彼女を戦略級魔法師に祭り上げた大亜連合に対しても、摩利はやるせない憤りを覚えていた。

 

「ただ林少尉の部下は、訊問させていただきます。中に新ソ連のスパイが潜んでいないと判明するまで、彼女たちとは接触できません」

 

 

 摩利の非情ともとれる発言に、声を上げたのは劉麗蕾ではなく将輝だった。

 

「待ってください! 劉少尉はまだ十四歳の女の子ですよ。それなのに亡命してきた異国の地で、同胞と切り離されるなんて……そのサーシャ・フーとかいうエージェントの訊問で誰がスパイだったのか分かっているんでしょう? 全員と隔離する必要は無いはずです!」

 

「将輝さん……?」

 

 

 将輝の名を呆気にとられた表情で呟く劉麗蕾。将輝の抗議は彼女にとって思いもしない、意外なものだった。彼は自分の身柄を自宅に引き取りたがっていた。自分と「林姐」を引き離したがっていたはずだという疑問が、彼女の中で渦巻く。

 

「サーシャ・フーが知っていたスパイは林少尉だけです」

 

「だったら!」

 

「一条君。君の言い分は理解できる。だがこれは必要な措置だ。そんな事が分からない君ではあるまい」

 

「――っ」

 

「幸い劉少尉は日本語が堪能だ。君たちが話し相手になってやって欲しい。それでは劉少尉、小官はこれで失礼します」

 

 

 前半部分は一条兄妹に、後半はもちろん劉麗蕾に向けての発言なので、若干口調が違ったが、敬礼をして去って行く摩利をただただ見送る三人。

 

「レイちゃん……とにかく座ろう?」

 

 

 悄然と立ち作る劉麗蕾に、茜が声をかけるが、あまり反応が見られない。三人掛けのソファに並んで座る十四歳の少女。大人たちは何と慰めて良いのか分からない。劉麗蕾に声を掛けたのは、将輝だった。

 

「劉少尉、俺は林少尉が貴女を裏切ったとは思いません」

 

「将輝さん?」

 

「兄さん?」

 

「わずか一週間足らずの期間でしたが、俺は林少尉と何度も衝突してしまいました。彼女とは最後まで意見が会わなかった。俺は彼女と、理解し合えませんでした。ですが、林少尉が劉少尉を本気で心配しているということだけは、理解できたつもりです。林少尉は、新ソ連のスパイだったかもしれない。劉少尉の亡命は、新ソ連軍の戦略に沿ったものだったのかもしれない。ですが」

 

 

 将輝の言葉に劉麗蕾ばかりか、茜までもが大きく目を見開き将輝を見詰める。将輝は気恥ずかしさに堪え、劉麗蕾の瞳を正面から覗き込む。

 

「日本に亡命したことで、劉少尉は新ソ連からも大亜連合からも守られました。これは、紛れもない事実です」

 

「あっ……」

 

「また、林少尉が基地を抜け出した結果、呂剛虎の破壊工作は未発のまま頓挫した……彼女の真意は俺には分かりません。ですが結果だけを見るならば、林少尉は劉少尉、貴女のことを命懸けで守ったんです」

 

「うっ……」

 

 

 劉麗蕾の声が泣きだす前兆を示す。将輝は慌てて、用意しておいたセリフで締めた。

 

「結果論かもしれませんが、それで良いじゃないですか」

 

「はい……はい……」

 

 

 劉麗蕾が顔を覆って泣きだす。茜がその肩を抱きながら、将輝に非難の視線を向ける。将輝は「後は任せた」とアイコンタクトで応えを返し、ロビーから逃げ出した。

 

「(仕方ないな、兄さんは……)」

 

 

 逃げ出したことは仕方ないにしても、無自覚に劉麗蕾の心を攻略した兄に、茜は何とも言えない気持ちになってしまったのだった。




これが深雪相手だとポンコツになるからな……

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