摩利と修次が狭い部屋の中で話し合っていたのと同時刻、達也は風間からの抗議の電話を受けていた。
『――達也、もう一度言う。アンジー・シリウス少佐を学校に通わせて公衆の面前に曝すなどという馬鹿な真似は止めてもらいたい』
「何度も申し上げた通り、当家で預かっているのは元アンジェリーナ・クドウ・シールズ、現九島リーナさんであって、アンジー・シリウス少佐ではありません」
『そんな言い逃れが通用すると本気で思っているのか?』
「冗談を口にしているつもりはありませんが?」
厳しい声で問い詰める風間に対して、達也は飄々とした口調で応えを返す。最初から抗議が来ることは想定していたし、たとえ軍から抗議されたとしても、既に第一高校校長・百山東の協力は得ているし、何処から横槍が入ったとしてもリーナの『教育を受ける権利を保障する』と言質も得ているので風間からの抗議をまともに相手にする理由も無い。
「アンジー・シリウス少佐は百七十センチ弱の身長にダークレッドの髪、金色の瞳という極めて特徴的な外見です。珍しいと言えばリーナの金髪碧眼の組み合わせも、民族的特徴と言われているのに対して実際には少ないと聞きますが、アンジー・シリウス少佐の外見とは一致しません。髪や瞳の色は兎も角、体格から違います」
『アンジー・シリウスは『仮装行列』の遣い手だ! 外見などいくらでも偽れる!』
「USNA政府がそう認めたのですか? 元アンジェリーナ・クドウ・シールズ、現九島リーナさんが、アンジー・シリウスだと」
『……認めるはずがなかろう』
「では大使館から自国民の保護要請でも出されましたか。あるいは、犯罪者だから引き渡せとでも?」
『……それも無い』
「では九島リーナさんはシリウス少佐ではありませんし、彼女をアメリカに引き渡す必要もありません。彼女は自分の婚約者の一人として、既に日本に帰化しているのですから」
『達也……本気で軍と対立するつもりか? 君にとって、アンジー・シリウスにはそれだけの価値があるというのか?』
「中佐、誤解しないでください。軍と対立するつもりはありません。少なくとも、自分の方からは」
達也は風間からの問いかけに即答で否定した後、そう付け加えた。彼からすれば、軍と対立など面倒な事を好んでするはずもなく、自分の邪魔さえしてこなければ相手にするつもりも無い。だが達也の言い分を素直に聞き入れられる程、軍は柔軟性に富んでいない。
『軍としては、危険分子であるアンジー・シリウス少佐を公衆の面前に曝すなど、敵対行為と判断せざるを得ない。その事を理解しているのか?』
「先ほども申しましたように、彼女は九島リーナです。アンジー・シリウス少佐ではありません。また彼女の教育を受ける権利は、第一高校校長・百山東殿によって保障されています。もしそれを軍が犯そうというのであれば、こちらはマスコミにその情報をリークするだけです。国防軍は無実の少女の教育を受ける権利を侵害し、犯罪者に仕立て上げるつもりだと」
達也の脅迫に、風間の顔に動揺が浮かぶ。
「そうすればどこかの誰かが余計な事をした所為でこちらに向いているマスコミの目も、軍に向くでしょうし、俺としてはそうしたいところですが、如何致しましょうか?」
『……脅迫するのか』
「滅相も無い。こちらとしては軍が九島リーナさんの自由を保障してくれさえすればそんな事をするつもりはありません」
『だが、アンジェリーナ・クドウ・シールズ、現九島リーナがアンジー・シリウス少佐である事はお前も知っているだろう? USNAの国家公認戦略級魔法師を匿うということは、USNA軍と戦争をする覚悟があるんだな?』
「USNA政府がアンジェリーナ・クドウ・シールズがアンジー・シリウスだと発表したとしても、こちらからリーナをUSNAに送り返すつもりはありません。パラサイトに中枢を犯されているUSNA軍から逃げてきたと発表すれば良い。ついでにディオーネー計画の真の目的も添えて発表すれば、世論はどちらの味方に付きますかね」
達也としては、冗談のつもりで言っていたのだが、次第に「それもいいかもしれない」と思い始めていた。リーナを戦略級魔法師だと発表するのにはリスクが伴うが、USNAの現状を世間に報せれば、少なくともそれが事実かどうか調べようとする集団が出てくる。パラサイトと対するのだからマスコミ個人では到底出来る事ではないが、本当に危険が伴うのなら、USNA政府も見過ごすことはしないだろうし、パラサイトが寄生するのは基本的に魔法師だ。魔法人形にも寄生するが、その事をマスコミは知らない。
「ついでに国内にパラサイトが発生している事を軍が隠している事も発表しましょうか? そうすればこちらに構っている暇など無くなるでしょう」
『……分かった。今回は君の要求を呑む。だが達也、上層部は君の行動を面白く思わないだろう』
「どう思われようが関係ありません。もしUSNA政府が元アンジェリーナ・クドウ・シールズ=アンジー・シリウス少佐だと発表したのなら、さすがに身柄をこちらで預かるつもりは無いと、佐伯閣下にお伝えください」
風間が意図した「上層部」が誰なのかを見透かしたような発言をして、達也は通信を切ったのだった。
達也が言うとあり得そうに思える不思議……