達也、深雪、リーナの三人は、達也が運転するセダンタイプの自走車で中央自動車道を西進していた。目的地は八王子の、国立魔法大学付属第一高校。この車はエアカーではなく、普通の電気自走車だ。エアカーは構造上、残念ながら実質二人乗り。一応後部座席はあるが、三人目が無理に載ろうとすると大層窮屈な思いをする事になる。目下、巳焼島の研究施設で本当の意味での「四人乗り」エアカーを急ピッチで組み立て中だが、まだ十日前後は掛かる見込みだ。
そういうわけで今日はエアカーではなく、普通の電動セダンで外出していた。もっとも、この場合の「普通」は「地上の道しか走れない」という意味で、モーターの出力は最高グレードだし防弾や耐衝撃、ガスフィルターなどの乗員保護に不足はない。
何時もは達也の隣が定位置の深雪も、今日はリーナと二人で後部座席に座っている。こうして並んでいると、色違いの双子のようですらある。明るい栗色の髪をポニーテールにした、薄い茶色の瞳の、リーナによく似た顔立ちの少女。リーナの『仮装行列』で変身した深雪の姿だ。髪と瞳の色、髪型と髪質は違っているが、それ以外はそっくりと言っても過言ではない。
「そうしていると、近しい親戚としか思えないな」
外見を変えた深雪と何時も通りのリーナをバックミラーで見ながら、達也が感想を口にする。そういう達也もイメージがガラッと変わっている。今の彼は、甘いマスクのエキゾチックな青年だ。普段の雰囲気からは想像出来ない程、今の達也の印象は違う。
「ここまで似ていると、かえって目立ちませんか?」
美少女という点は同じでも「静」から「動」に大きくイメージチェンジした深雪が、視線を前に戻した達也に尋ねる。
「いや、ある程度は目立っている方が、見る者に別人だという印象を強く植え付ける事が出来ると思う。他人の目を避ける人間は、目立たないようにコソコソしているものだという先入観を逆手に取る事も出来るだろう」
「そういうものですか……」
「もっとも、何故リーナが自分の容姿をモデルにしているのか、その点については理解出来ないが」
「……不満なら変えるけど」
達也の言葉に、リーナは拗ねた表情で窓の外へ顔を向ける。まるで達也が自分の容姿に不満を持っているように感じたのだろう。
「その必要は無い」
達也は特にリーナのご機嫌を取るでもなく、素っ気ない口調で答えた。それ以上、フォローする言葉もなく、リーナは小さくため息を吐いてから理由を話し始める。
「……まったく架空の人物の外見を一から組み立てるのは大変なのよ」
「毎日鏡で見ている自分をモデルにするのが楽だったということか」
「深雪と私は、背格好も違わないしね」
リーナの言う通り、二人の身長差は一センチ以内。スリーサイズもほぼ同じ。深雪の方が多少胸が大きいだけで、それも服の着こなしで分からなくなる範囲だ。確かにリーナにとっては、自分の肉体を元にした幻影を深雪に被せるのが、最も手っ取り早かったのだろう。
「達也様のお姿も、親しい方をモデルにしているの?」
深雪の質問には、今の達也の姿があまり彼女の趣味ではないという不満が混じっていた。
「達也の顔はニューメキシコの若手ミュージシャンのものよ。ライブ専門でテレビにもネットにも顔出ししない人だからバレる恐れはないし、仮に知っている人がいても髪質と身体付きが違うから他人の空似で通用するはずよ」
「……手抜きじゃないの?」
「仕方ないでしょ。男の人のメイクアップなんて、やった事ないんだから」
呆れ声で非難する深雪に、リーナは開き直った。
「それにしたってもう少し何とかしようとは思わないわけ?」
「じゃあどうしろと言うの? 好みの異性の容姿を投影しようものなら、達也のままになっちゃうわよ? それとも文弥のような中性的な顔にでもすればよかったの?」
「文弥君の顔でお身体が達也様……」
その光景を想像したのだろう。深雪はそっとリーナから視線を逸らし、リーナも同じような光景を想像して口を押えた。
「文弥が達也に憧れているのは知っているけど、これはもう文弥じゃないわね……」
「文弥君と達也様は血縁だから可能性はないわけじゃないんでしょうけども、ちょっと無理があるわよ」
「そもそもこの体型じゃ、もう女装も出来ないでしょうし」
「リーナ……貴女もしかして、巳焼島で生活する前匿ってもらってた黒羽家で、文弥君に女装を強要したんじゃないでしょうね?」
「そ、そんな事するはずないでしょ! そもそも私が文弥の女装を初めて見たのは、巳焼島がパラサイトに襲われた時よ? つまり、水波が攫われた日。私が黒羽家に厄介になっていた時は、まだあの姿を見た事無かったんだから」
まるであれば女装をしてもらったのに、という心の声が聞こえてきたような気がしたが、深雪はとりあえずリーナの言い分に納得したようだ。
「そろそろ着く。挨拶だけだとはいえ、そんな軽い気持ちじゃ困るんだが」
「分かったわ。それにしても、私が高校生か……」
一応納得したとはいえ、そういう身分に慣れていないリーナは、何とも複雑な思いで窓の外を眺める事にしたのだった。
達也の体躯で文弥の顔って……