劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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最初から彼女くらいしかいない


深雪の新護衛候補

 達也がすぐに具体的なプラン内容を聞いてきたので、真夜は却下されると思っていながら用意しているプランを告げる。

 

『亜夜子ちゃんを本格的に一高に編入させて、そちらで生活させてはどうかと考えているのだけども』

 

 

 真夜の提案に、達也は「悪くない」と思った。亜夜子の魔法は、マスコミの目もそこに紛れ込む敵の目も誤魔化してくれるだろうと。

 

「それは亜夜子の為にならないと思います」

 

 

 だが彼はその案に賛成しなかった。理由は彼が今、言った通りだ。達也は深雪が大切だが、亜夜子も大切な婚約者の一人だ。ここ最近島で頻繁に起こっている爆発事件の元凶を東京に呼び戻せるチャンスがあるのに、亜夜子に犠牲を強いるような真似は好ましくない。

 

『あら……達也さんには、他に心当たりがあるのかしら?』

 

 

 真夜の問いかけは、達也が出す答えを知っているような雰囲気のものに感じられたが、達也はその事を気にする事なく、迷う素振りも見せずに答える。

 

「はい。当家で保護している旧姓アンジェリーナ・クドウ・シールズ、現九島リーナを深雪の側に置いては如何でしょうか。リーナの監視は、ミカエラ・ホンゴウにでも任せれば、リーナも『都内で』暴走したりはしないでしょうし」

 

 

 達也が『都内』という言葉を強調した理由は、真夜にも深雪にも理解出来ている。巳焼島という閉ざされた空間にいるのが耐えられなくなってきているのか、ここ最近リーナは魔法実験場の壁をぶち破るという失敗を頻発している。自由には動けないが、ある程度娯楽のある都内に移れば、壁を修理しなければならなくなり研究に支障が出るという事態も解消されるのだ。

 

『アンジェリーナさんねぇ……』

 

 

 真夜が唇の両端を少し吊り上げながら思案のポーズを見せる。

 

「彼女は『仮装行列』の遣い手です。九島光宣ほどではないにしても、刺客の目を欺くには十分な腕だと思われます」

 

 

 実のところ達也は、真夜が護衛の話を言い出す前から、リーナを深雪のガード役として活用できないかと考えていた。具体的には、吉祥寺のインタビューを聞いた直後から。

 リーナは、遊ばせておくにはもったいない戦力だ。深雪と対等に戦えるだけの戦力を持ち、ハイレベルな魔法師の目すらも欺く特殊技能を持つリーナは、深雪の身の安心を任せられる希少な人材なのだ。性格面で多少不安は残るが、そこは護衛される側である深雪が補ってくれるに違いない。

 

『アンジェリーナさんを東京に戻しても大丈夫かしら』

 

「巳焼島に対する侵攻を撃退した際に、彼女の存在は米軍の目に触れています。あの島に置いたままにしている方が、むしろリスキーだと考えます」

 

 

 何に関してのリスクかと言うと、リーナが危ないのではなく、巳焼島の安全が脅かされるというのが達也の判断だ。

 

『フフッ、そうですね』

 

 

 真夜が小さく笑いを漏らしたのは、達也が口にしなかった彼の本音を見抜いたからだと思われる。

 

『……良いでしょう。アンジェリーナさんを深雪さんの護衛に付けることを許可します』

 

「ありがとうございます」

 

『彼女の一高編入について当家からも話を通しておきます。ただ、達也さんも直接百山先生に頭を下げた方が良いでしょうね』

 

 

 真夜が言う『百山先生』は言うまでもなく、第一高校校長・百山東のことだ。百山校長は四葉家の権威を以てしても、頭ごなしに言う事を聞かせられない人物だった。

 

「分かりました。リーナを連れて、頼みに行きます」

 

『アンジェリーナさんは明日、そちらに移ってもらいます。住む所は同じ階で良いわよね?』

 

 

 深雪が住んでいるマンションの最上階は、深雪の自宅の他に、使用人用の部屋が三戸用意されている。その内の一戸は水波の部屋だが、残り二戸は空き部屋だ。

 

「無論です」

 

『ハウスクリーニングはこちらで手配しておくわ』

 

 

 達也と真夜の間で具体的なスケジュールが埋まっていく。深雪は達也の横で、ただ呆気に取られていた。

 

『深雪さんからも、アンジェリーナさんにしっかりとお願いしておいてくださいね。彼女は達也さんの婚約者の一人ではあるけども、それと同時にUSNAから身柄を狙われている脱走兵という扱いなのだから』

 

「分かっています、叔母様。ですが、リーナは既に帰化しており、軍も抜けているのではなかったでしょうか?」

 

『裏では話がついていても、表向きには発表されていなかったし、今のUSNA軍の上層部の殆どはパラサイトに感化されて、達也さんを排除すべき相手だという認識に傾きつつあるの。その婚約者であるアンジェリーナさん――いえ、リーナさんを排除しようとしても不思議ではないわ』

 

 

 何故言い直したのかと言うと、リーナは既に『アンジェリーナ・クドウ・シールズ』ではなく『九島リーナ』であるからである。達也との会話中は気に留めなかったことだが、真夜の言い直しに深雪は好印象を懐いた。

 

「分かりました、叔母様。リーナにはしっかりとお願いしておきます」

 

『そうしてちょうだい。それから、少しくらいのオイタなら構わないけど、あまり派手にやり過ぎないようにも言っておいてね』

 

 

 そう言って真夜は電話を切る。何に対する「やり過ぎ」なのか、達也も深雪も誤認する事は無かった。




さすがのリーナも都内では暴走しない……かな?

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