劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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全力勝負……ではないのか?


限界間近

 五度目、六度目と立て続けに達也からの攻撃を凌いでいた光宣だったが、今の彼の表情からは余裕なんてものは感じられない。達也と対峙する事は光宣にも分かっていたし、水波を攫ってしまえば圧倒的に自分が有利だと考えていた昨日までの彼は、何処にもいなくなっていた。

 

「(――クッ! どんどん激しくなってきている)」

 

 

 『仮装行列』の魔法式を標的とする達也からの攻撃は、七度目を数えた。光宣の精神に加わる圧迫感は、重圧というより衝撃と表現する方が相応しいレベルになっている。

 あまりの衝撃に、光宣が崩れ落ちるように片足を突く。魔法の連続発動による負荷よりも、まるで気を抜けない状況の継続も相俟って、光宣の気力だけでなく体力も消耗させていたのだ。

 

「ハハハッ、外に出ていてよかった(……御蔭で、こんな姿を水波さんに見られずに済んだ)」

 

 

 彼の口から自嘲の笑い声が漏れ、心の中でセリフを付け加える。だがその自嘲が彼を奮い立たせたのか、膝に手を突き、立ち上がった。

 

「まだだ。達也さんの力だって無限じゃない」

 

 

 光宣を襲うプレッシャーが、達也からもたらされているという証拠はない。だが彼は、これが達也からの攻撃によるものだと確信していた。

 

「まだ、負けるわけにはいかない。僕はまだ、答えを貰っていない。ここで引いたら、今までしてきた事が無意味になってしまう」

 

 

 光宣の脳裏を過ったのは、うつぶせに倒れた祖父、九島烈の姿。意識の底から吹き出そうとする後悔に全力で蓋をして、光宣はその代わりに闘志で心を満たした。

 

「負けられない」

 

 

 光宣はもう一度そう呟いて、よろめきそうになる足に力を入れ、虚空をにらんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 光宣の推測に根拠はなかったが、間違ってはいなかった。確かに達也の力には限界があった。それも、そう遠くないところに。

 

「達也様、そろそろおやめになった方が……」

 

 

 深雪が心配そうな声でやんわりと捜索の中断を勧める。彼女はハンカチを持った右手を伸ばし、達也の額とこめかみに浮かんだ汗の玉を拭った。汗がにじんでいるのは額だけではなく、達也のTシャツの生地は所々、汗を吸って色が変わっている。血の気が引いた顔には、極度の精神集中による疲弊が露わに見受けられる。

 

「もう少しだ……」

 

 

 達也の口から漏れたセリフは、深雪の言葉に対する回答なのか、それとも独り言だったのか。達也は彼の心身を案じる深雪の制止に従わず、九度目の『仮装行列』攻略に挑んだ。既に偽装のパターンは把握している。水波のエイドスは位置情報だけが改竄された状態だ。ただ情報体に記述された内容は読み取れても、情報体そのものが視認できない為、構造が読み取れない。『仮装行列』の最も厄介な点であり、達也にとって相性が極めて悪い理由だ。

 書き換えられた位置情報から、書き換えを行った魔法の痕跡を読み取る。「事象そのものの情報」ではなく「事象が改変されたという情報」の読み取りは、昨日の戦闘で発見したばかりのテクニックで、正直なところ達也はまだ、自分のものにできたと言える水準に達していない。

 情報次元に記録された痕跡を分析し、魔法のプロセスを推測する。読み取った事象改変を起こすには、どのようなプロセスを持つ魔法が必要か。これは目的とする事象改変効果を得る魔法を設計する手順と本質的に同じと言える。ただ、自分で設計するのではなく他人の設計図を再現しなければならないのだから、難度は数段高い。

 推測したプロセスからさらに、魔法式の構造を推定。これも魔法開発の手順と本質的に同じ。ただこちらも、他人が設計した魔法式の構造を導きださなければならない。達也は他人が使った魔法の魔法式構造を直接「視」て、理解出来る。それを間接的に推定するのは、普段魔法式の構造把握に不自由していないからこそ、彼にとっては難しく感じられるかもしれない。

 構造を推定した魔法式に所在不明のまま狙いを付け分解する。達也の分解魔法は構造情報を細部まで理解する事によって成り立っている。曖昧な認識を基に『分解』を行使すれば十分な効果が得られないばかりか、反動として彼の精神に大きな負荷がかかる。

 達也が酷く消耗しているのは、これらのマイナスファクターが重複した結果だ。元々、直接「視認」出来ない情報体を『術式解散』で無効化しようというのに無理があるのだ。それでも達也は、九度目のチャレンジを敢行した。

 

「(達也様が水波ちゃんの為にここまでしてくださっているのは、私が水波ちゃんを攫われてしまったから……私が光宣君を取り逃がしたりさえしなければ、このような無理をしなくても済んだというのに)」

 

 

 達也が無茶なチャレンジを続ける側で、深雪が苦しそうな表情で達也の事を見詰めていた。彼がここまで苦しんでいるのを、深雪はあまり見た事が無い。超遠距離魔法を可能とする達也の能力を知っているからこそ、相手との距離は達也にとって苦にはならないという事も理解しているからこそ、達也がここまで苦しそうにしている現状に堪えられなくなってきているのだ。




達也は探り探りの技だし、やっぱり達也の方が上?

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