劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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逃げてる時点で劣勢だって……


全力で偽装

 四葉家が開発した飛行装甲服『フリードスーツ』は国防軍の『ムーバルスーツ』と比較して、パワーアシスト機能は備わっておらずデータリンク機能で劣っているが、防御性能は同等以上だ。ステルス機能と肝腎の飛行性能は、むしろ勝っている。データリンクも多人数と連携して行動するための機能が足りていないだけで、外部データを利用する分に不足はない。追跡にはムーバルスーツよりも適しているとさえ言えるだろう。

 達也の視界には半透明の地図が映っている。関東西部・武相地区の広域地図に、パラサイト用に調整された想子レーダーの観測結果から推定した光宣の現在位置が直径一キロ程度の赤い円で示されていた。調布の病院前で時間を無駄にしたつもりは無いが、それでも出発までに五分以上費やしている。逃走した光宣に遅れる事、三十分弱。しかし、地上と空、道なりに進まなければならない光宣に対して達也は直線で飛べるアドバンテージがある。道路上には他の車もあり、自由に走れるわけではない。

 光宣の現在位置を示す半透明の円は高尾山の手前を西に進んでいる。五分以内に追いつくべく、達也は飛行速度を時速四百キロまで引き上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 水波を病院から連れ出した光宣は、九島家が用意した自走車で中央道を西に向かっていた。パラサイドールを運んだ物とは別のボックスワゴン車だ。後部座席と貨物スペースがキャンピングカー仕様に改装された「バンコン」と呼ばれるタイプの自走車である。車内にいるのは光宣と水波の二人きり。運転手は人間そっくりの、パラサイドールではない戦闘用ガイノイドだ。水波はベッドにもなる長椅子に腰掛け、光宣は助手席に座っている。水波を見張る者はいない。高速道路を走行中だから車外に出られないという事情はあるが、仮にそうで無くても、光宣には水波を監視するつもりは無かった。

 彼女が自分の許から逃げ出すなら、それもやむを得ないと光宣は考えている。強がりではない。水波を連れてきたのは彼の我が儘だが、それ以上彼女に何かを強制する気はなかった。光宣は、水波とゆっくり話をしたかった。達也や深雪に邪魔をされず、水波の意思を確かめたい。それが光宣の望みだった。

 水波は、本当はどうしたいのか。ただ死にたくないのか。それとも、魔法を失いたくないのか。「人であること」と「魔法師であること」の、どちらを選ぶのか。

 水波が「魔法を捨ててもいい」「人としての平凡な人生を送りたい」と答えたとしても、光宣は説得も強制もしないと決めていた。だまし討ちで水波をパラサイトに変えてしまうような真似は決してしないと、自らに誓っていた。

 光宣はただ、水波の為に何かをしたかったのだ。何もせず黙ってみているのが耐えられない。それは間違いなく、光宣の我が儘であり押し付けだ。光宣がもう少し愚かであれば、あるいは目の前の事しか見えない性格であれば、もっと楽に生きられるだろう。だが賢い彼は、こうして達也と深雪の許から引き離している事自体が、水波の意思を蔑ろにする強制だと自覚していた。だからこそこれ以上、水波を束縛するような真似はしたくない。

 

「(水波さんの気持ちは気になるけども、今は一刻も早く追手から逃げ切る事に集中しなければ。深雪さんの魔法力は、僕が想像していた何十倍も凄いものだった……だけど、それで諦めるわけにはいかないんだ)」

 

 

 深雪のコキュートスを受けて、光宣の魔法力は大幅にレベルが下がっている。一時的な物だという実感があるので弱体化自体にショックは受けていないが、今の状況は楽観できない。彼は逃走を開始してからずっと、自分を追いかけてくる「機械の目」の存在を感じていた。自分の想子波を識別されたという「情報」が、「情報次元」を通じて伝わってくるのだ。

 魔法力の低下により仮装行列の効果までレベルダウンしている現状では、機械による想子波探知を完全に遮断する事は出来ない。探知の精度を落とさせるのが精一杯だ。精度、半径十メートル。それが最初、逆流してきた情報で光宣が把握した、彼を追い掛けるレーダーの性能だった。それを今、半径五百メートルまで自身の反応を誤魔化している。それも、自分を円の中心に置くのではない。偽装した想子波の発信源を道路上の前後左右に移動させることで、探知結果を不安定に揺れ動かしていた。

 いくら高速道路に速度の制限が無くなったとはいえ、不自然にスピードを出し過ぎれば目立ってしまう。どんなに気が急いても、無理な運転はさせられない。四葉家や十文字家の追跡を躱す為には、弱体化した仮装行列を全力で行使するしかなかった。しかし隣に水波がいたのなら、彼女の心の裡が気になって魔法に集中しきれなかっただろう。そしてつい先ほどから、偽装工作はますます厳しいものになっていた。

 自分に向けられている「眼」。達也の『精霊の眼』だと、光宣にはすぐに分かった。しかし分かっただけでは、どうにもならない。今の光宣では、達也の「視線」を振り切れない。せめて正確な居場所を掴ませないように、光宣は全力を振り絞らなければならなかった。




目的が達也から逃げきる事に変わってる事に気付いてないのだろうか……

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