劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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リアルバトルになったら大変だ……


叔母VS姪

 初日に襲撃未遂はあったものの、今回の旅行はおおむね何も起こらずに終わりを迎えようとしている。襲われかけておきながら「何も起こらずに」と思えるあたり、水波も四葉関係者なのだろう。

 

「水波ちゃんはゆっくりできたかしら?」

 

「そうですね。初日こそ落ち着きませんでしたが、二日目以降は気持ちの整理が出来てゆっくり出来たと思います」

 

「水波さんから見て、ここの従業員の働きっぷりは如何かしら?」

 

「私が評価をするのは大変おこがましい事ですが、もう少し出来る事があるのではないかと感じました。普通の宿泊施設であれば問題ないのかもしれませんが、四葉家が経営するのですから、もう少し高いレベルを求めてもいいのではないかと」

 

「なるほどね。まぁ全員が水波さんのように動けるわけがないのだから仕方ないけど、水波さんからすればもっと出来ると思えたわけね」

 

「あくまでも個人的にそう感じただけで、皆さん立派に務めを果たしていると思います」

 

 

 四葉家に仕える従者の中でも、水波の働きっぷりはかなりのものである。だが水波本人はその事を自覚しておらず、せめて自分程度のレベルくらいは出来て欲しかったと感じているのだ。

 一方の深雪は、ここの施設の従業員のサービスに満足している。普段から水波の給仕を受けているはずの深雪だが、彼女は全員が水波のように出来るとは思っていないのだ。

 

「水波ちゃんは理想が高過ぎるのね。まぁせっかくの骨休めに来て、従業員の仕事っぷりが気になっちゃうのは、水波ちゃんが優秀な証拠なのでしょうけども」

 

「そうでしょうか? 私が出来るのでしたら、大抵の人は出来ると思うのですが」

 

「水波ちゃん、皆が貴女ほどの仕事が出来ていたら、世の中はもっと良くなっているわよ」

 

「それは言い過ぎなのでは?」

 

 

 水波からすれば、自分程度のレベルで世の中が変わるなんて思えない。だが深雪からすれば水波は優秀な魔法師であり、優秀なメイドだ。彼女ほどのレベルの高いメイドを他から連れてこようとしても、なかなか見つけられるものではないと思っている。

 

「水波も深雪も、楽しめたようでなによりだな」

 

「達也さんは? 少しは休めました?」

 

「現場に赴かなくて良いだけで、情報は常に仕入れていましたし、問題が発生したら即座に指示を出せるようにしていましたから、肉体的には休めましたが、精神的にはむしろ普段より疲れたのではないかと」

 

「難しいわね……達也さんには完全休養日なんてあり得ないのは分かっていたけど」

 

 

 民間企業でありながら国家プロジェクト級の研究の総責任者であり立案者である達也が、その研究が完成しないうちから休めるなど真夜も本気では思っていなかった。だが物理的に巳焼島へ向かえなくしてしまえば少しくらいは休めるという希望的観測はしていた。だが結局は精神面でより疲労度を増してしまったと聞き、今回の作戦は失敗だったと心の中で反省をしたのだった。

 

「まぁ水波さんへのご褒美という名目から見れば、今回の旅行は大成功だったのかもしれませんけど。水波さんも、達也さんと二人きりでも緊張しなくなったようですし」

 

「あら水波ちゃん。貴女達也様と二人きりだと緊張していたの?」

 

「深雪様だって初めのうちは緊張したのではありませんか? 達也さまの事を意識し始めたころ、深雪様は私以上に」

 

「どうだったかしら……距離感に戸惑ったのは確かにあったけど、自然な兄妹のように振る舞えていたつもりだけど」

 

「あれを自然な兄妹と表現するのは、私でもおかしいと思うわよ」

 

 

 深雪の達也へ向けていた感情は、一般的な妹が兄に向けるソレとは大きく異なっていた。それを普通と表現する事は、いくら真夜でも出来ない。

 

「そうでしょうか? 叔母様だって実の息子に向ける感情とは思えないものを達也様に懐かれておりますし、別におかしくはないのではないでしょうか?」

 

「私のは長年息子と離れて生活しなければいけなかった反動よ? 深雪さんは幼少期から達也さんと一緒にいたのだから、距離感に困ってしまったのは深雪さんが達也さんの事を下に見ていたからではなくて?」

 

「私は達也様の真のお力をお聞きしていませんでしたし、四葉本家の方や、何よりお母様が達也様の事を使用人のように扱うのが普通だと言わんばかりの空気でしたから。まだ子供だった私がその人たちにつられてしまうのは仕方がない事だと思います。ですが叔母様は改善しようとすれば出来る立場だったのにも拘わらずそれをしなかった。それはつまり、それほど達也様の事を想っていなかったのではありませんか?」

 

「面白い事を言うのね、深雪さん」

 

 

 建物内の光が一気に消えたような錯覚に陥り、一瞬で体温を奪われる感覚に襲われた水波だったが、次の瞬間には何事もなかったかのような時間が流れ始めた。

 

「母上も深雪も、こんなところで魔法大戦でも始めるつもりですか? 強すぎる魔法は、水波に悪影響を与える恐れがあるという事を忘れているのでしょうか」

 

「も、申し訳ございません! 達也様」

 

「私も、深雪さんにつられるように、つい……」

 

「ついで完成間近の建物を壊されたら、担当者は何と思うでしょうかね」

 

 

 達也の嫌味に、真夜も深雪も何も言えずに俯く。水波は改めて達也の魔法の凄さを実感し、そして気付けなかった自分の才能の無さに落ち込むのだった。




達也には逆らわない二人……

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