劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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答えないという事は出来ない


真夜からの質問

 真夜に代わり深雪が達也に背中を洗ってもらっている間、水波は気まずい空気に耐えながら真夜と二人きりで入浴している。

 

「(順番的に仕方ないのでしょうが、この状況はどうにかならないのでしょうか……使用人――しかも調整体である私が、真夜様と二人きりだなんて……)」

 

 

 司波家へ赴く前は、真夜にお茶の用意などをしていたので、部屋の中で二人きりという時間は僅かながらもあった。だが二人で風呂、などという状況は無い。水波は自分から真夜に話しかける事はせずに、ただただ時間が過ぎるのを待っていたのだが、何事もなくその時間が過ぎる事はなかった。

 

「水波さんは――」

 

 

 真夜が話しかけてきたので、水波は視線をそちらへ向ける。気まずいとはいえ、当主が話しかけてくれているのに俯いたままでいられる程、水波は図太くない。

 

「達也さんの何処が気に入ったのかしら?」

 

「達也さまの、ですか?」

 

「えぇ。確かに纏っている雰囲気とか、言動とかは大人っぽくてカッコいいとは思うけども、見た目は上の下か中の上ではないかしら?」

 

「そのような事は無いと思いますが……」

 

 

 確かに深雪の隣に立つには、いささか平凡な顔立ちをしていると思った事はある。だがそれでも十分に魅力的であり、彼から感じられる男らしさは、水波が出会ってきた異性の中でもかなりの上に位置するくらいだ。

 だが見た目だけで水波が達也に惚れたとは思っていない真夜は、いったい達也の何処に惹かれたのか興味を持ったようだ。

 

「初めは深雪様から達也さまの魅力を教えていただいていたのですが、次第に自分でも達也さまの魅力を感じ、気付いたら達也さまの事を目で追いかけていました。もちろん、深雪様の想いは知っていたので、私が達也さまと結ばれる事など無いと思っていたのですが、そういうシチュエーションもなかなか……」

 

「そういえば水波さんは、達也さんに躾けてもらいたいと思っていたらしいわね?」

 

「い、いえ! そのような事は決して……」

 

 

 お仕置きしてもらいたいと思った事はあるが、躾をしてもらいたいとは思っていないと、水波は自分の事なのに自信が持てずに曖昧に答える。

 

「光井ほのかさんや北山雫さんのように、純粋に達也さんの見た目に惹かれ、そこから達也さんの真の魅力に絆された子もいれば、千葉エリカさんのように特別扱いしてくれない事に惹かれた子もいる。深雪さんのように達也さんしか異性として見れないような子もいますけど、水波さんはそのどれにも当てはまらない感じだったので、一度しっかり聞いてみたかったのよ。不快な思いをさせてしまったのならゴメンなさいね」

 

「いえ、そのような事は決して。ですが、達也さまの魅力を表現するには、私では語彙が不足しているのかもしれません。深雪様でも、達也さまの事を完璧に表現出来ないとご自身の語彙力を恥じていたわけですから」

 

「まぁ、達也さんを完璧に表現しようとするなら『達也さんだから』としか言えないものね」

 

 

 達也の事を完璧に表現する事など不可能だと、真夜は考えている。口で説明するよりも会って直接話せば彼がどのような人間かは理解出来るだろう。だがそれでも、達也の全てを理解する事は出来ない。それでもあえて表現するのであれば『達也だから』としか言えないのだろう。

 

「達也さんの事を軽んじて、下に見ていた使用人たちは今、彼が当主の座に就いた時に粛清されるのではないかとビクビクしているからね。達也さんがそんなつまらない事で人事を刷新するわけ無いのに」

 

 

 達也の動向に一番怯えているのは、彼の事を最も軽んじていた青木だろうと、水波はそう感じた。彼は序列こそ高いが、現状は龍郎の秘書のような扱い、四葉家内で出世する事は難しくなっている。まして青木は深雪の前であろうと達也の事を罵倒したりしていたので、深雪が彼の降格を達也に願い出る可能性もある。その事に怯えながらもなお、青木は達也の事を敬おうとはしない。表面上は取り繕えても、表情の端々から達也の事を受け容れられない気持ちが感じられるのだ。

 

「私としては、今すぐにでも降格させてもいいと思っているのだけど、達也さんから『そんな事をする必要は無い』と言われてるから」

 

「その事を青木さんに話されないのですか?」

 

「話す必要は無いでしょう? 一生ビクビクしながら過ごせばいいのよ」

 

 

 当主としては正しくない思いなのだろうが、母親としては正しいと水波も思える。息子を侮辱され平然としていられる親はそう多くないだろうと、両親というものを知らない水波でもそう感じられた。

 

「兎に角水波さんが達也さんの何処に惹かれたのかは聞けたから、これくらいで勘弁してあげるわね」

 

 

 真夜は水波が自分に恐縮している事も、出来る事なら早めに会話を打ち切りたいと思っている事も気付いていたので、最後に人の悪い笑みを浮かべて水波を解放する。

 

「(なんだかどっと疲れました……)」

 

「水波ちゃん、次は貴女の番よ」

 

「あっはい、深雪様!」

 

 

 ぐったりとしたタイミングで声を掛けられ、水波は何時も以上にはきはきとした声で深雪に返事をする。その反応を深雪は不審がったが、緊張しているのだろうと解釈して深くは聞かなかった。




普段話す機会など無いから、余計にでしょうが

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