劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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落ち着けという方が無理だろうな


落ち着かない水波

 秘境とも言える場所に建設された施設なので、演算領域に他人の魔法の影響を受ける心配はない。その点では治療と言っても無理はないのかもしれないが、部屋で達也と二人きりの状況に、水波の心にはかなりの負担が掛かっている。

 

「(達也さまと二人きりというのは、何度か経験はありますが、それでもわずかな時間だけ……このように同じ部屋で休むという事はありませんでした)」

 

 

 まだ到着してそれ程時間が経ったわけではないのだが、水波は既に先の事を考えている。この後真夜の提案で――実質命令で――家族風呂に入る事になっているのだが、タオルは巻いたままでも問題ないという事でそこの心配はしていない。問題はその後にあると水波は考えていた。

 

「(達也さまと同じ部屋で休むというのは、深雪様でも数えるほどしか経験が無いと仰られていました。深雪様でも緊張するようなシチュエーションに、私が耐えられるのでしょうか)」

 

 

 今回はあくまでもベッドは別であり、深雪のように同じ布団で寝るというわけではない。それでも水波にとっては緊張するシチュエーションであり、他の婚約者に知られたら大問題になるのではないかという不安が付き纏う。

 

「水波」

 

「ひゃい!?」

 

 

 不意に達也に声を掛けられ、水波は情けない声を上げる。声を上げた水波だけでなく、達也もその反応に驚いた表情を浮かべている。

 

「さっきから落ち着きがないように見えるが、大丈夫か?」

 

「は、はい。体調は問題ありません」

 

 

 そんな事、自分が言わなくても達也は分かっているだろうと思っていても、水波はそう答えるしかない。自分が緊張しているという事も達也にはお見通しなのだろうが、あえて気付いていないフリをしてくれているのだろうと、水波は達也の優しさに感謝する。

 

「そろそろ母上と深雪が迎えに来るだろうから、水波も準備しておいた方が良いだろう」

 

「そ、そうですね! ではちょっと失礼します」

 

 

 達也に断りを入れずに荷物を弄る事が出来なかった水波は、そう断りを入れてから自分のバッグから着替えの用意を始める。達也は水波の作業を凝視することなく、外に視線を向けている。

 自分から達也の視線が外れたことを、水波は背中越しに感じていた。これが光宣とかなら、慌てて視線を外したんだろうなと思うが、達也からはそういった感じは一切してこなかった。

 

「(達也さまがこの程度で慌てるはずもありませんね。混浴と言っても、全てを曝け出すわけではないのですし)」

 

 

 施設として許可されている事なので、水波はタオルを手放すつもりは毛頭ない。例え真夜と深雪がタオルを使用しなかったとしても、自分だけは隠すつもりなのだ。

 

「(まぁ、真夜様や深雪様に比べれば、私の裸に価値など無いのかもしれませんが)」

 

 

 自分のスタイルに目を落とし、水波はそっとため息を吐く。同級生と比べればそれなりのものだと思っていても、深雪や真夜のと比べると見劣りしてしまう。まして真夜は自分より大分年上の女性なのにもかかわらずあの美貌の持ち主。比べてショックを受けてしまうのは仕方がないだろうと自分を納得させた。

 

「(真夜様のお姿を知らない人が見たら、真夜様はまだ三十代前半だと思われるでしょうね……実年齢を知っている人が見ても、衝撃は受けるでしょうし)」

 

 

 真夜の年齢は既に四十を折り返している。にも拘らずあの美貌を維持しているのは、何か特別な研究成果なのではないかと疑いたくなっても仕方がないだろう。だがそのような研究は行われておらず、真夜の美貌は天然のものだと四葉関係者なら全員がその事を知っている。水波も例外ではない。

 だからではないが、余計に真夜と比べて自分は――などと思ってしまうのかもしれないと、水波は自分の心理状況をそう分析して、比べるだけ無駄ですねと考えを投げ出した。

 

『水波ちゃん、準備出来てるかしら?』

 

「深雪様。はい、準備出来ています」

 

 

 扉越しに掛けられた声に、水波はすぐさま反応して部屋の扉を開け深雪を招き入れる。すぐに移動するのだから招き入れる必要は無いのだが、主を外で待たせることは水波には耐えられなかったのだろう。

 

「達也さま、真夜様、深雪様がお目見えになられました」

 

「分かった。すぐに行くから先に行っていてくれ」

 

「いえ、達也さんもご一緒しましょう。もし先に行って来なかったら大変ですもの」

 

「そんな事をするつもりは無いのですが」

 

 

 達也としても、この施設に来た時点で諦めはついているので今更一緒に入らないという選択をするつもりは無い。だが真夜は達也が来ない可能性を感じているようで、一緒に行かなければここから動かないという雰囲気を醸し出している。

 

「分かりました。すぐに支度します」

 

 

 既に支度は終えているのだが、真夜を少し落ち着かせる為に達也はあえてそう言ったのだ。隣にいる深雪も、真夜の雰囲気は感じていたので、達也が間を置いてくれた事に感謝し、自分も冷静になるよう努める。

 

「(達也様に見られても恥ずかしい箇所は無いはず……欲を言えば、もう少しウエストが細ければ)」

 

 

 今でも十分折れそうではないかと思われるくらい細いのだが、女性の心理とは複雑なものなのだろう。深雪は自分のウエストを恨めしそうに眺めはじめたのを見て、水波は羨まし気に深雪を見詰めるのであった。




何故か女性陣がノリノリ

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