劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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学校は辞めなかったけど……


事の発端

 小春の説得を終えてから、達也の放課後は地下資料室での作業に当てられていた。遥からの頼みは小春が学園を辞めないように説得する事なので、既にその目的を果たしていたので達也は此処二日小春に会ってはいない。

 

「司波君は居るかしら?」

 

「……もう平河先輩は学園を辞める事はないと思いますけど?」

 

 

 声を聞いただけで拒否の反応を見せた達也に、遥は縋りつくような視線で達也を見つめた。

 

「また手伝ってくれないかな?」

 

「お断りします。前回だって引き受けるとは言ってませんので」

 

「でも、君は説得してくれたでしょ? おかげで平河さんが学園を辞める事は無くなった」

 

「ならもう良いでしょ。これ以上は貴女方の仕事ですし、俺はカウンセラーでもなければ平河先輩と特別懇意にしてた訳でも無いのですから」

 

 

 あの後深雪の機嫌を取るのに苦労した達也としては、これ以上深雪の機嫌を損ねるのはいろいろと大変な目に遭うので遠慮したいのだ。

 

「でも、妹さんからも頼まれちゃってるのよね。悔しそうな顔をしながら『司波君なら説得出来るかも』って」

 

「……無理です。平河先輩が学園を辞めなかったのは、その妹が頼んだからであって、俺一人の力では無いんですから」

 

「でも平河さん……妹さんの方だけど、貴方の事を認めてる感じだったけど?」

 

 

 実際は苦々しい顔で遥に告げたのだが、達也が見てなかったのを良い事に遥は千秋の表情を捏造した。だが達也には遥の嘘はお見通しだった。

 

「これ以上俺に説得させるつもりなら、小野先生が深雪の機嫌を取ってくれるんですね? それが約束されるならば俺もお手伝いしますが」

 

「妹さんの機嫌って……私に如何やってあの子の機嫌を取れって言うのよ」

 

「それが無理なら俺も引き受けられません。これ以上は小野先生が職務放棄と取られても仕方ないですしね」

 

 

 もう相手は終わりだと言わんばかりに、達也は資料探しを再開した。一方の遥はまだ何とか出来ないかとその場で考えを模索し始める。

 

「じゃあ会って話してくれるだけで良いから。それだけなら良いでしょ? 知り合いの先輩と話すだけなら妹さんもそれほど機嫌を損ねないだろうし」

 

「……何処に居るんですか、平河先輩は」

 

「カウンセリング室よ。代表を辞退したいって相談されてたのよ」

 

 

 小春が論文コンペティションの代表に選出されたのも、本人が自信を失くしてる事も達也は知っていたが、それは自分がどうこうする事では無いと思い説得の時には一切触れなかったのだ。

 

「妹さんも一緒に居るから、後はお願いね。私あの子苦手なのよ」

 

「また職務放棄ですか?」

 

「ちょっと職員室に用事があるだけよ」

 

 

 カウンセリング室の傍まで来て、遥は逃げるように職員室へと早足で向かって行った。

 

「失礼します」

 

 

 ため息を吐きたいのを何とか堪え、達也はカウンセリング室の中に声をかけて入室する。

 

「あっ、司波君……」

 

「小春さん、代表を辞退すると言うのは」

 

「本当よ。私には荷が重すぎるもの……」

 

「そんな事無い! お姉ちゃんは頑張ってきたじゃん!」

 

 

 何とかして姉に代表を務めてほしい千秋は、感情論だけで姉の説得をしようとしていた。だがそれでは効果が無い事は、千秋自身も分かっている事だったのだ。

 

「俺は無理に代表を務めろとは言いません。ですが、もし辞退したとして後悔は残らないかだけはしっかりと考えて下さい」

 

「司波君、それって説得になるの?」

 

 

 噛み付くように千秋が達也に鋭い視線を向けたが、達也はまったく動じない。それどころか睨みつけた千秋の方が先に参ってしまったのだった。

 

「俺は説得に来た訳では無い。知り合いの先輩と話しに来ただけだ」

 

「何よそれ……貴方ならお姉ちゃんを説得出来ると思ったのに!」

 

「説得して如何する。本人がやりたく無いと言ってる以上、その意思は尊重すべきじゃないのか? 無理矢理やらせて更に不安にさせたら、千秋は責任とれるのか?」

 

「それは……」

 

「俺が言えるのはそれだけです。後は小春さん自身で良く考えてから決めてください。一時の迷いって事もあるでしょうし、準備期間までに答えを出せば十分なのではないでしょうか。代役が誰になるかは知りませんが、その人も小春さんの状況を知れば納得はしてくれるでしょうし」

 

 

 それだけ言い残し達也はカウンセリング室から出て行く。さすがにもう一度地下資料を漁りに行くのは憚られたので、達也は久しぶりに生徒会室へと顔を出す事にしたのだった。

 

「お姉ちゃん……」

 

 

 達也が居なくなったカウンセリング室では、千秋が心配そうに小春の顔を見ていたのだが、小春は思ってた以上に明るい顔をしていた。

 

「私、司波君にも代表を務めろって言われるのかもって思ってた」

 

「だってせっかく選ばれたんだから……」

 

「でも彼は、私の気持ちを優先した方が良いって言ってくれた。無理に説得するんじゃなくって私自身に判断を委ねてくれた」

 

 

 自分には出来なかった説得法を達也が見せた事に、千秋は再び複雑な感情を達也に抱く事になる。

 

「もう少し考えてみるわ。最悪は辞退するけど、お手伝いくらいなら出来そうだしね」

 

「そういえば、何のテーマについて発表する事になったの?」

 

「市原さんの『重力制御魔法式熱核融合炉の技術的可能性』についてよ」

 

「……私には何が何だか」

 

 

 千秋がポカンと口を開けて固まったのを見て、小春は思わず噴出した。

 

「実は私にも高度過ぎて良く分からないのよね。でも五十里君なら何とかできるんじゃないかとは思うわ」

 

「お姉ちゃんだって大丈夫だよ! だって代表に選出されたんだから」

 

「そうね……そうだと良いわね」

 

「お姉ちゃん……」

 

 

 不安そうに視線を逸らした小春に、千秋は悲しげな視線を向ける。自分では姉を説得する事は出来ない。それどころか前向きに検討させる事すら出来なかった。

 

「(でも司波君はあっさりとお姉ちゃんに前を向かせた……説得しようとすれば出来ただろうに彼はそうしなかった……)」

 

「千秋? 如何かしたの」

 

「え? ううん、何でもないよ」

 

 

 小春に声をかけられて千秋は現実に思考を戻した。だが彼女の中に芽生えた考えは取り払う事は出来なかった。

 

「(もしかして司波君は小早川先輩の事故の時も気付いてたんじゃ無いのかな……だって妹さんの時は簡単に気付けたんだから、きっと分かってた……)」

 

 

 達也が気付けたのは自分で組み上げたプログラムだったのと、深雪が身に付けるものだったからで、無条件で気付けた訳では無い。だがその事情を知らない千秋には、自分の考えが正しいのではないかと言う思いが強くなっていった。

 

「(あの人に相談してみようかな……)」

 

 

 最近ネットで相談している相手に今の考えを伝えてみよう。千秋はそんな事を考えていたのだった。

 そして数日後、小春は正式に代表辞退を学園に伝えるのだった。




騒乱編でも小春は原作以上に登場させます

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