摩利とエリカとの確執解消を急ぐことは諦め、真由美は鈴音と摩利を引き連れて自分の部屋に案内する事にした。共有スペースでも十分なのだが、何時エリカが出てくるか分からないので部屋に連れ込むことにしたのだ。
「紅茶とコーヒー、どっちが良い?」
「コーヒーで」
「分かったわ。リンちゃんは?」
「同じで構いません」
二人に希望を聞いて、真由美はお茶の用意をする。七草の屋敷なら使用人かHARに任せるところだが、ここでは自分でお茶の用意をする楽しみが出来たのだ。
「それで、摩利は何でいきなりこの屋敷に来たいって言いだしたのかしら? エリカちゃんとの事が目的じゃないのなら、ここじゃなくても良かったと思うんだけど」
「あまり人前で話せることではなかったし、遮音フィールドを使うと目立つしな」
「光宣君のこと? 抜刀隊の人たちは自分たちで光宣君を処罰したいって思ってただろうし」
「別に自らの手で片を付ける事に拘っていたわけではないし、あたしたちはあくまでも仮の入隊だったから、例えそうだったとしてもあたしが話に来る可能性は無いだろ。それは真由美だって分かってるはずだ」
「じゃあ何かしら? いよいよ正式に籍を入れて、苗字が変わるって報告に来たのかしら? あと半年は結婚出来ない私たちに自慢でもしに来たのかしら?」
「そうでもない。というか、そんな重要な事ならあたし一人じゃなくてシュウも一緒に連れてくるさ」
摩利の言葉に、真由美も鈴音も納得してしまう。摩利一人なら何時まで経っても切り出せず、そのまま何も言わずに帰っていく可能性が高い。ではいよいよ何の用事で摩利がやってきたのかが分からず、真由美は首を捻り問いかける。
「じゃあいったい何の用事で来たのよ。人の耳を気にしなきゃいけない用で、パラサイトの事じゃないとなると私には分からないわ」
「パラサイトの事が無関係、とは言って無いだろ? あたしが知りたいのは、九島光宣の処分と現状だ」
光宣は深雪のコキュートスの前に敗れ、水波を連れ去る事に失敗。逃亡の際達也と鉢合わせになり敗北し捕らえられた。それが摩利が知っている事の顛末だが、その後光宣がどうなったのかは聞かされていない。抜刀隊の中でも光宣がどうなったのか知っている人間はいなかった。
そこで摩利が――修次が真由美に探りをいれて現状を把握しようと思いつき、今日こうして真由美を訪ねてきたのだ。
「本当なら修次が聞きに来るのが筋なのだろうが、生憎任務が詰まっていてな。時間的に余裕があり、個人的に真由美と親交があるあたしが聞きに来たんだ」
「……貴女たちは何処まで知ってるのかしら?」
「世間一般に――あぁ、魔法師のコミュニティ内で知られてる程度しか聞かされていない」
「それだけ知ってればいいじゃないの。それ以上を知る必要は、貴女たちには無いはずでしょ?」
「仮にも捕縛・討伐の任務に就いた身としては、事の顛末が気になってしまうのは仕方ない事だろ? それとも、あたしたちには聞かせられない程甘い沙汰が下されたというのか?」
摩利の眼光が鋭くなり、真由美は苦笑いを浮かべる。真由美としても甘い沙汰が下るなんて許せないと感じていたので、摩利の眼が鋭くなっても仕方ないと思えたからだ。
「安心して、無罪放免なんてありえないから。例えパラサイトに寄生されていたからといって、光宣君が老師を殺害したこと、一般人を巻き込んだ事件を起こしたこと、軍事兵器を無断で一般道に持ち込んだ罪は許されることではない。本人も自我が残っていたこともあって、ミアさんのように何も覚えていないというわけではないし」
「つまり、九島光宣はまだ生きているんだな?」
「彼を処断するのは達也くんたち四葉家の人間しか出来ないでしょうし、する権利も無い。唯一あったかもしれない九島家は、もう存在しないしね」
脅されて協力していた兄や姉は兎も角、積極的に光宣に協力していた真言の姿勢は問題視され、九島家は数字落ちとなったとは摩利も聞いていた。だが真由美の口から改めて聞かされ、本当に九島家は無くなったのだと実感する。
「では真由美も九島光宣が何処にいるのか知らないのか?」
「知っていたら?」
「教えてもらえないだろうか」
「どうして?」
「どうしてって……」
自分が何を聞きたいのか分かっていながら答えない真由美に、摩利はどうすれば良いのか頭を悩ませる。自分たちが何をしようとしているのか相手にバレているので、真由美は絶対に口を割らないと理解してしまったが、何も収穫なしに帰るわけにはいかない。
「残念だけど、抜刀隊の人たちが光宣君の監禁場所に行くことは叶わないわよ。近づくことはおろか、その場所に気付くことすら出来ない」
「どういう事だ?」
「認識阻害の結界が張られているからよ。それも、かなり高レベルの術者が展開している結界だから、結界が張られている事にすら気づけないでしょうけど」
「……分かった。上司にはそう報告しておこう」
「そもそも、私怨で動くのは軍人として間違ってると思うけどね」
「違いない」
九島烈を殺された恨みから光宣を捜索してた抜刀隊に対する思いは、真由美と摩利に違いはない。ただその中の一人として動いていた以上、摩利は彼らの気持ちをバカにすることが出来なかったのだ。それを見透かして情報をくれた真由美に、摩利は頭を下げて去って行った。
要するに、四葉の敷地内で監禁中