劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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真由美の気持ちはなぁ……


理解出来ない気持ち

 最寄り駅まで続く道を下っていく夕歌を見送って、達也はすっかり勢いを失った真由美に振り返る。彼女が何を気にしていたのか、達也にはその事を理解する事は出来ない。だが真由美もエアカーに乗ってみたい――より正確には、達也と二人きりで乗りたいという思いを懐いている、という事は理解していた。

 

「だから言ったではありませんか。津久葉先輩に真由美さんが懐いたような思いは無いと。たとえあったとしても、真由美さん程度の話術では追い詰められないと」

 

「確かに言ってたけど、リンちゃんだって気になったんじゃないの? 津久葉先輩が私たちを出し抜いて達也くんとドライブデートをしたんじゃないかって」

 

「わざわざ娯楽施設の少ない巳焼島にデートに行くとは思えません。それに女性側がデートだと思っていたとしても、達也さんにそのような感情があるとは思えませんので、デートという雰囲気にはならないでしょう」

 

「それは……そうかもしれないけど……」

 

 

 たとえデートに誘ったとしても、達也は一緒に出掛ける程度にしか思わないだろうと真由美も思っている。幾ら特別だと言っても、彼はその気持ちが理解出来ない。恋愛感情はあっても、それを特別だと思う気持ちは彼の中に残っていないのだから。

 

「とりあえず家に入りませんか? まだ片付けなければいけない物が残っているので、部屋に行きたいのですけど」

 

「ちょっとくらい私たちに付き合ってくれないの? このままじゃ苛立ちが収まらないのだけど」

 

「お茶をするくらいなら何とかなりますが、早いところ全ての問題を片付けた方が、より一緒にいられる時間が増えると思うのですが」

 

「そう言われると困っちゃうわね……分かったわ。お仕事、頑張ってね」

 

 

 今僅かな時間を達也と過ごすのか、いずれ訪れる平穏の中で達也と過ごすのかを天秤にかけ、真由美は後者を選んだ。わずかな時間で寂しさが解消できるとは思えなかったのと、完全な平穏が訪れれば、それだけ達也といられるという思いが勝った結果だ。

 

「真由美さんは現金ですね」

 

「何よ。リンちゃんだって、ちょっとしか達也くんと一緒にいられないより、ずっと一緒にいられる方が良いでしょ?」

 

「確かにそうですが、つい先ほどまでその『わずかな時間』に目くじらを立てていたのはどこの誰だったでしょうか?」

 

「それは……だって、てっきりドライブデートだと思ったんだもん……」

 

 

 鈴音に指摘され、先ほどまで楽しそうにしていた表情が一転ししょんぼりとした面持ちになる。これが真由美と付き合いの浅い相手ならたじろいだかもしれないが、鈴音は特に動揺する事もなく話しを進める。

 

「たとえ津久葉先輩にそのような思惑があったとしても、達也さんの方にそういう気持ちが無ければ意味がないと先ほども言いましたよね? そして、達也さんは全てが片付くまでそのような事に時間を割く事は出来ないと仰っていたではありませんか」

 

「そうだけどー! まっ、デートじゃなかったんならそれでいいわ。リンちゃん、お茶にしましょ?」

 

「はぁ……」

 

 

 ころころと変わる真由美の表情に、鈴音はため息をこらえきれなくなった。真由美の方も鈴音がため息を吐くと分かっていたのか、特に気にせずに共同スペースに移動し、慣れた手つきでお茶を淹れる。

 

「そういえば今度、摩利が遊びに来るとか言ってたわね」

 

「摩利さんが、ですか? ここにはエリカさんも住んでいますし、摩利さんはてっきり寄り付きたくないのではないかと思っていましたが」

 

「何時までもエリカちゃんに苦手意識を懐いてたら駄目だって思ったんじゃないの? 義妹になるエリカちゃんに何時までもビクビクしてたら、跡取り問題とか発生しそうだし」

 

「千葉修次さんは長子ではないはずですが。跡取りと言うなら長子である寿和さんの方では?」

 

「だって摩利から伝え聞く限り、寿和さんは響子さんに片思いしてたらしく、達也くんに負けて意気消沈してるって」

 

「そもそもあまり付き合いが無かった相手ですから、藤林さんが寿和さんを選ぶ可能性はかなり低かったはずですが。それでもやはり、好きな人が他の男と幸せそうにしているとショックを受けるのでしょうか?」

 

「さぁ? 男の人の気持ちは、私にだって分からないわよ。聞こうにも、そういう事に長けている異性の知り合いに心当たりはないし……」

 

 

 パッと思い浮かんだ異性は十文字克人。だが彼も一般的な男子の気持ちが分かるとは言い難い。まして彼は異性というものに余り興味が無さそうにすら思えるくらいなのだ。

 次に思い浮かんだ異性は、自分の兄だったが、兄が異性との機微に敏いかと聞かれれば、そうではないと真由美は思った。

 

「というか、私たちは全員、達也くんを他の人に盗られること無く済んだんだし、そんな気持ちが分からなくても仕方ないのかもしれないわね」

 

「それはそうかもしれませんが、気になると言い出したのは真由美さんですよね?」

 

「別に無理して知りたくないし、分からないのならそれでもいいわ」

 

 

 あっさりと寿和の気持ちへの興味を斬り捨て、用意したお茶を鈴音の前に置き自分も腰を下ろして一口啜る。満足のいく出来だったのか、真由美はにっこりと笑みを浮かべながら何度も頷いたのだった。




そして興味を失う……

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