深雪が行動すれば本人の意思に関係なくそれだけ注目を集める。深雪たちが入った店は彼女たちが来るまではそれ程混んでいる感じはしなかったが、深雪が窓際の席に座った所為かあっという間に満席になってしまう。
「深雪が広告塔になってるわね」
「私はただ座って食べてるだけよ?」
「普通の人が見れば、深雪がただ食べてるのだって絵になるって思うわよ。姿勢もキレイだし、所作も完璧だしね」
「あら、エリカだって綺麗な所作してるじゃない。それにほのかや雫、泉美ちゃんたちだって」
「あたしたちは深雪ほど人を惹きつける何かがあるわけじゃないから」
同性のエリカたちから見ても、深雪の見た目は他の人とは違うと感じるのだ。それが異性の目となれば簡単に惹き付けられるだろう。先程からこの店に入ってくる客はカップルが多いが、そのほとんどが彼氏の方が深雪に見惚れて足を止め、彼女も深雪に惹き付けられ店に入ってきた、といった感じだ。
「深雪先輩がアルバイトでも始めたら、その店はあっという間に売り上げ倍増でしょうね」
「いや、司波会長がバイトするわけ無いじゃん。ただでさえお金に問題があるわけじゃないのに、達也先輩だっているんだし」
「そうかもしれませんが、深雪先輩がウエイトレスをやっていたら、私でしたら毎日でも通ってしまいそうです」
「毎日って、ボクたちだってバイトしてるわけじゃないんだし、そんなにお小遣いがあるわけじゃないだろ?」
七草家の娘として、それなりにお金は持っているが、泉美なら本気で毎日通いそうだと思った香澄は一応釘を刺しておく。そもそも深雪がバイトをするわけ無いと思っていながらも、万が一があった時の為にそうしておいた方が良いと感じたのだ。
「そんな事分かっていますわ。ですから、深雪先輩のウエイトレス姿を動画に収め、毎日眺めるだけにしようと思います」
「司波会長の許可無くそんなものを撮ったら怒られそうだけどね」
「というか、二人とも仮定の話でそこまで盛り上がれるなんて凄いわね」
エリカにそうツッコまれ、香澄は少し恥ずかし気に視線を逸らしたが、泉美は当然だと言わんばかりに胸を張る。
「深雪先輩の事でしたら、例え虚数のかなたにしかない可能性の話ですら盛り上がれる自信があります」
「泉美、そんな事で胸を張るのは止めて……ボクが恥ずかしいよ……」
双子の妹の発言に顔を赤らめる香澄。彼女も達也の事ならある程度の事なら盛り上がれる自信はあるが、泉美のようにほぼありえないような事で盛り上がる事は無いと思っている。だからではないが、泉美の自信満々の姿を見て恥ずかしいと感じたのだろうと、エリカはそう解釈した。
「ほのかなら、達也さんの事で盛り上がる事くらい出来そうだよね」
「し、雫! 私は別に達也さんの事で妄想してるわけじゃないよ!」
「私は別に、妄想してるなんて言って無い。それとも、ほのかは達也さんの事で妄想してる事があるの?」
盛大に自爆したほのかは、雫の無表情な追及に答えを窮する。ここが自分の部屋で、雫と二人きりなら答えたかもしれないが、公衆の面前で――というか深雪の前でそれを答える勇気はほのかには無い。
「ほ、ほら! 達也さんは忙しいから、妄想の中でくらいデートしたいなーとか、雫だってあるでしょ」
「そのくらいなら毎日。でも、さっきの慌てようから考えると、ほのかがその程度の妄想で満足してるとは思えない」
「それはあたしも興味あるわね。ほのかはいったいどんな妄想をしてるのかしら?」
「雫、エリカ。そういう追及は周りの耳を気にしなくて良い場所でしなさいよ。さっきからこっちの会話に聞き耳を立ててる人がいるから」
深雪があえて聞こえるような声量でそう告げ、聞き耳を立てている連中の方へ視線を向けると、一斉に聞き耳を立てていた連中は深雪たちがいるテーブルから視線を逸らし興味が無いフリをする。
「あんまり長居してたらお店に迷惑だし、そろそろ出ましょうか」
「そうね。せっかくだからどこかでお茶でもしてから帰りましょうよ。達也くんも、その程度なら許してくれるわよ」
「何故そこで達也様の名前が出たのかは分からないけど、もう少しお喋りしていたいのは私も一緒よ。泉美ちゃんたちもいいかしら?」
「はい! 深雪先輩とご一緒出来るのでしたら、例え地平の果てですら楽園ですわ!」
「泉美、本当に百合じゃないんだよね?」
過去に雫から百合疑惑を向けられたことがあるので、泉美はジト目で見てくる雫に対して何時も以上に大袈裟に反応する。
「ですから、私はノーマルです! ただ深雪先輩の美しさに心酔してるだけで、深雪先輩とどうにかなりたいと思ってるわけではありません!」
「泉美もいい加減彼氏でも作らないと、本気でそっちの気があるんじゃないかって思われるよ? というかもう思われてるけどさ……」
「私は香澄ちゃんのように簡単に異性を好きになることが出来ないのですから、彼氏なんて当分無理ですわ。そもそも、私よりも先にお兄様に彼女をとお父様も考えてるでしょうし」
「兄貴、家を継ぐのは良いけど跡取りがいないと問題だしね」
双子の会話を聞いた深雪は、あまり面識のない七草家次期当主に同情を覚え、水波も同様な感情を懐く。同じ次期当主でも達也と随分な違いだと思ったのだろうと、双子は兄に対して情けなさと憐みの混じった感情を懐いたのだった。
七草家で一番まともなのって、香澄なんじゃ……