達也の視線を感じたからか、装甲車右の後部座席のドアが開く。降りてきたのは戦場に似合わぬ涼しげなワンピースを着た、達也より一つ年下の少女だった。
「亜夜子?」
達也の声には意外感が滲み出ていた。四葉の魔法師は二つのタイプに分かれる。精神干渉系魔法に高い適性を持つ魔法師と、ユニークで強力な希少魔法を持つ魔法師だ。達也と亜夜子は共に後者のタイプ、精神干渉系魔法には適性が高くない。――達也の場合、場数が少なく経験値が低いだけで、経験を積めばそれなりの封印術式は使いこなせるだろうが、今この場では難しい。
だからではないが、達也は意外感を懐いたのだ。パラサイト封印術式には、精神干渉系魔法に対する高い適性を持った魔法師が必要だから。
「達也さん、こんにちは。ほら、文弥! 達也さんがいらっしゃるのよ。早く降りてきなさい!」
達也が懐いた疑問に対する答えは、亜夜子の挨拶に続く言葉で解消した。文弥の得意魔法『ダイレクト・ペイン』は精神干渉系魔法。光宣と痛み分けで終わった後、文弥は本家で封印術式を授かっていたのだろう。それで今回、こうして達也の要請に応えてくれたわけだ。
何故か愚図っていた文弥が装甲車から下りてくる。達也は咄嗟に、挨拶の言葉を見失ってしまった。彼の後ろでは、リーナも口を押えて驚きを表現している。
「文弥……いや、ヤミか?」
「ヤミでお願いします……」
「ジャパニーズ巫女……まさか美少年で見れるとは」
「リーナ、少し黙っていろ」
下半身につけている緋袴と同じくらい顔を真っ赤にして、蚊の泣くような声で答えた文弥に対して放ったリーナの言葉を、達也が咎めた。
「それでヤミ……その恰好は?」
「い、嫌だって言ったんですけど!」
「封印術式に必要なんだから仕方がないじゃない」
泣きそうな声で文弥が達也に不服を訴えたが、亜夜子の口調は突き放し気味だ。ここまで、文弥の愚痴を散々聞いてきたに違いない。
「封印に必要?」
達也は質問の相手を亜夜子に変えた。本来、そんな暇はないのだが、聞かずにはいられなかったのである。
「パラサイト封印の魔法には、本来五人以上の術者が必要なのです。でも今回は東京に人員を割いている所為で人数が揃わなくて」
「なるほど。それで文弥が一人で来てくれたんだな?」
文弥は四葉分家・黒羽家の跡取りだ。本来なら貢を補佐して黒羽家の魔法師を統率しなければならないのだが、彼の高い魔法力を買われて巳焼島に派遣されたのだろう。だがそれだけでは、文弥がこんな格好をしている理由が分からない。
「異性装には、ある種の古式魔法の威力を高める効果があるそうです」
「だからヤミが、巫女の格好をしているのか?」
「ええ。人数が足りない分、こういう形で魔法を補強しなければならないと御当主様が」
「それは……すまなかった」
達也は思わず本気で文弥に謝っていた。彼が封印の術者をリクエストしたのは必要あっての事だったが、その所為で文弥が真夜の玩具にされてしまうなど、達也にとっては予測不能であり不本意な成り行きだった。
「……いえ、達也兄さんが悪いわけではありませんから。それに、僕は僕の役目を果たすだけです!」
「そうか。ではまずこの三体を封印し直してくれ」
とりあえず、文弥のやる気を殺ぐべきではないと考えた達也は、余計な事を言わずに「レグルスだったもの」「デネブだったもの」「ベガだったもの」を封じた三つの封玉を文弥に示した。
「これは……達也さんが?」
「しっかり封印されているように見えますが……?」
亜夜子と文弥が、興味津々の目付きで封玉を見詰め、文弥の目には封印が完了しているように見えた。だが達也は「いや」と頭を振りながら説明をする。
「約半日で封玉の効果は消える。それに非物質の状態では保管にも移送にも不便だ」
「そうですね……分かりました」
文弥が装甲車の後部左側ドアに回り、薬箱のような木箱を持って戻ってきた。蓋を上に開けると、中には顔が描かれていないこけし人形が十六体入っていた。車の中には同じ木箱があと二つ。文弥が箱からこけし人形を一本引き抜く。亜夜子は大きめのスポーツバッグから緋毛氈を取り出して道路に敷いた。
「始めます」
文弥が封玉の前にこけしを置いて緋毛氈の上に座り、帯に差していた細長い携帯端末形態のCADを手に取った。文弥と、彼を見守る亜夜子から達也とリーナがそっと離れる。
「ねぇ達也……」
沈んだ声で達也を呼ぶリーナ。達也は無言でリーナに目を向け、続きを促した
「文弥は――」
リーナは亡命直後、黒羽家の世話になっていたので、文弥とも当然面識がある。
「――すぐに着替えられると思う?」
「戦闘中のパラサイトを早急に無力化しよう。文弥がすぐに封印に取り掛かれるように」
パラサイトはまだ二十体いる。達也は「気の毒に」という表情を隠さず、リーナにそう答えた。
「そ、そうね」
達也の言葉を聞いたリーナがもう一度文弥に視線を向けてから、残っているパラサイトへ視線を向け直す。既に達也とリーナがいれば簡単に片付く程度の敵しか残っていない。
何となく緊張感が薄れたムード。だがそれは、達也の通信機に届いた緊迫した声に、欠片も残さず吹き飛ばされた。
似合ってしまうのも問題だな……