克人はパラサイドールを完全に破壊する事はしなかった。パラサイトが肉体的な死を迎える事で、厄介な非物質情報生命体の本体が解放されることは達也から聞いていた。それは機械であるパラサイドールも同じものだと推定されていたので、克人はパラサイドールを完全に破壊するのではなく、修理すれば再起動が可能なレベルで壊したのだ。四肢と頭部は完全に壊れているが、ガイノイドの中枢は胸部の電子頭脳と燃料電池だ。そこが修復可能なら、機械にとっては「死」ではない。
そこまでは、克人の想定内だった。だが次に起こった事は、彼の予測を超えていた。パラサイドールが、自爆したのだ。
爆発自体は、克人がシールド魔法で抑え込んだが、自爆により機体が完全に破壊された事で、パラサイトの本体が解放された。自爆したパラサイドールは、その一体だけではない。病院に走る光宣の前に立ち塞がった十文字家の魔法師を、パラサイドールが襲う。十文字家の魔法師は、パラサイドールを無視出来なかった。
光宣の侵入を阻止する余裕を作る為、十文字家の魔法師は一対一に拘らず、速やかにパラサイドールを無力化していく。そのたびに、パラサイドールが自爆し、パラサイトの本体が解放される。人に寄生する事で肉体を得る非物質情報生命体は、十文字家の魔法師に襲いかかった。それだけでなく、通行人や近くの建物に隠れた人々に襲いかかろうとしている。
克人は、彼の部下は、パラサイトの本体から市民を守らなければならなかった。光宣を止めている余裕は、彼らには無かった。
レグルスの肉体を消去し、彼に宿っていたパラサイトを『封玉』に閉じ込めた達也は、同じ要領でデネブを処理した。完成した『封玉』は、外から魔法的な力で干渉しなければ、相対高度十センチを浮遊しながら十二時間以上その状態が保たれる。封印の後始末は、その間に専門家が行えば良い。
達也は巳焼島に飛んでくる途中で、花菱兵庫に封印技術を持つ魔法師の派遣を依頼していた。兵庫が抜かりなく自分のオーダーをこなすことを、達也は疑っていなかった。
「リーナ、ここを頼む。封玉に誰にも近づけないでくれ」
達也の仕事ぶりに心を奪われていたリーナは、いきなり用事を言い付けられて我に返った。
「封玉? 封玉ってあれの事?」
「そうだ」
リーナの質問に振り返りもせず、達也は堤防に跳び乗る。彼がどんな顔をしているか、ヘルメットの後頭部しか見えていないリーナには分からなかい。だが、何となく舌打ちしているような雰囲気が彼女には伝わってきた。
「そんなに怒らなくても良いじゃない! 見た事も聞いたことも無いものを頼まれたって、私には分からないわよ!」
あっという間に遠ざかっていく背中に、リーナは悪態を吐く。だがその悪態に対する返事は無かった。達也は既に堤防を東に走り出していたからだ。彼が追いかけているのは、海に落ちたベガだろうと、リーナにも理解出来ていたので、彼女は達也に言われたように封玉を見張る事に専念したのだった。
ベガは徹甲想子弾の影響で、パラサイトの本性が表に浮かび上がっている。肉体を持っているのに呼吸もせず、海中に潜ったままで島の東岸へ回り込もうとしている。達也は堤防の上から『雲散霧消』の照準をベガに向けた。
自分がロックオンされたのを、ベガに宿るパラサイトは感じ取ったのだろうか。ベガが突然、海面に浮上する。瞬時に高まる想子波動は、ベガが達也に反撃の魔法を放とうとしたものか。彼女はパラサイトに成った事で、魔法の発動速度が大幅に上がっていた。今はパラサイトの本性が顕在化しているので、スピードアップはさらに顕著だ。
しかし、パラサイト・ベガの魔法は、完成しなかった。構築途中の魔法が霧散し、肉体を守る魔法が剥落し、肉体そのものが消失する。シャルロット・ベガの肉体を更生していた物質は単一元素の分子となり、ある物はそのまま、ある物は化学反応を起こしながら海に溶けていった。
そこまでは達也の予想通り。だがここで一つ、計算違いが生じた。パラサイトの本体が上がってこない。融合していた肉体の消失により、本体が出現したのは見えている。パラサイトが纏う想子の外皮が達也には「視」えるし、コアの霊子情報体も分析こそ出来ないが存在は知覚できる。
パラサイトは、海中を漂っていた。それは、この非物質情報生命体に関する仮定に反している。非物質情報生命体となったパラサイトは、その存在を安定させるためにひとの肉体を求めると考えられている。元々の住居である異空間からこの世界の人間に取り憑く際には、パラサイトは人の強く純粋な思念に惹かれて宿主を選ぶことが分かっている。だがいったんこの世界に招かれた後宿主を失った場合は、自分を安定させる想子の供給源に潜り込むことを優先すると推測されている。人の思念が絶対条件ならば、ピクシーやパラサイドールの説明が出来ないからである。
達也は海中を漂っているパラサイトの本体を観察し、新たな仮定が立てられるのではないかと考え始めていたのだった。
戦闘力も半端ないからパラサイトも怯える