劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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これで形式上は達也と同じ立場に……


戦略級魔法師の誕生

 光宣が調布に入った頃、水波は病院の検査着を普段着に着替えて、個室を離れていた。深雪も一緒だ。二人は面会人用談話室で、机を挿み向かい合わせで座っている。机の上にはA4サイズの折り畳みタブレット。完全なベゼルレスで開くとA3サイズになるその端末には、魔法科高校二年生課程の全教科書が詰め込まれていた。

 ここまで言えば二人が何をしていたのか分かるだろう。水波が深雪から、勉強を教わっているのである。先週は一学期の期末試験だった。入院中だった水波は、その事情を鑑みて、特別に追試を受けさせてもらえることになっている。しかし試験範囲までは考慮してもらえない。一ヶ月に及ぶ入院期間の前半はとても勉強どころでは無かった為、休んでいた間の分が追いついていないのだ。座学は教師による一斉授業ではなく端末学習だから本人次第で幾らでも課程を先取りできるのだが、残念ながら水波は理論がそれほど得意ではない。ベッドの上で端末を睨みながら悩まし気に唸っている水波を見かねて、深雪が教師役を買って出たのだった。

 笑顔で優しく解説する深雪の正面で、水波の顔はカチコチに強張っていた。主たる深雪に家庭教師などという手間を掛けさせている罪悪感と、無駄な時間を使わせてはならないという緊張感が原因だ。

 そういう思いもあって、水波は深雪の一言一句に過剰なまで集中していた。親の仇を見るような目付きで、タブレットの文字と図表を追いかけていた。

 ところが突然、水波の集中が切れた。不意に耳元で名前を呼ばれた。そんな表情で水波の双眸に霞が掛かる。

 

「……水波ちゃん、どうしたの?」

 

 

 深雪が心配して声をかけると、水波は慌てて深雪に目の焦点を合わせた。

 

「申し訳ございませんっ!」

 

「そんなに力まなくても良いのだけど……何か、気に懸かる事でもあるの?」

 

「いえ、何でもありません! 少し気を抜いてしまっただけです。誠に申し訳――」

 

「謝らなくてもいいから。休憩にしましょう。お茶でも飲む?」

 

「あっ、私が!」

 

 

 二回目の謝罪を笑顔で遮り、深雪がそう提案すると勢いよく水波が立ち上がり、自販機の前に駆けて行く。深雪は軽く苦笑いしながら、水波の思い通りにさせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 佐渡島の灯台では、将輝が短機関銃によく似た照準器を沖に向け、吉祥寺がその足下でCADと一体化した中型コンピューターを操作していた。

 

「良し! これでつながったはずだよ」

 

「捉えた! だが……見えている艦影は六隻だけだ。小型艦は十二隻じゃなかったか?」

 

「僕の方で縮尺を調節する」

 

 

 吉祥寺が優先接続したタブレット型端末をモニター兼コンソールにして、将輝が掛けているゴーグル型モニターの映像を調節する。

 

「……ジョージ、OKだ!」

 

「そのまま照準を維持して」

 

 

 そう言って吉祥寺は、タブレットとは別の情報端末を取り出した。予め作成しておいた暗号メールを国防海軍金沢基地宛に送信する。内容は「攻撃許可願う」。

 佐渡島の西側を北上する艦影が吉祥寺の視界の端に映る。新潟基地から出港した高速戦闘艦だ。五十ノット以上のスピードで、更に加速していく。

 

「ジョージ!?」

 

「まだだ!」

 

「いっそのこと!」

 

「ダメだよ!」

 

 

 焦れた将輝が許可を待たずに攻撃しようと提案するが、吉祥寺がそれを制止する。将輝がゴーグルを上げて吉祥寺へ振り向いた。吉祥寺が照準を戻すよう、将輝に注意すべく口を開きかけるが、二人の表情が同時に固まった。

 水平線の向こう側、味方の高速艦が描いた航跡の先に強力な魔法の気配が生じる。それは二人にとって、覚えのある波動だった。つい三ヵ月前、将輝の父、一条剛毅が入院する原因となった海上爆発と同じ魔法。爆音が轟き、水煙が水平線から立ち上がる。

 

「トゥマーン・ボンバか!?」

 

 

 将輝の叫びに、吉祥寺が無言で頷く。吉祥寺は将輝のCADに接続している情報端末で、味方艦の現状を確認しようとした。だが新潟から出港した小型艦八隻の消息は、このわずかな時間で途絶えていた。

 

「ジョージ! もう一度照準アシストを、頼む!」

 

 

 その時、吉祥寺の端末に着信があった。自動デコードされたメール文は「攻撃を許可する」。吉祥寺は心の中で国防軍の優柔不断を罵りながら、再び敵艦列をモニター内に捉えた。

 

「将輝、タイムラグに注意して!」

 

「予測フレームに狙いを合わせればいいんだろ!」

 

「北方二十キロの海域に漁船団らしき船影がある! 照準を南に寄せて! この魔法なら直撃でなくても沈められる!」

 

「最北の艦艇をギリギリで収められるよう修正する!」

 

 

 将輝が照準を修正し、トリガーを引いた。中型コンピューターのストレージに保管された起動式の電子データが読みだされ、ターゲットの座標、サイズを組み込んで再計算される。タイムラグは、約一秒。標的の敵艦列は、およそ百二十ノットのスピードで海上を疾走している。その現在位置と、タイムラグを計算に入れた予想フレームがピッタリ重なった。

 

「行け!」

 

 

 将輝が吼え、魔法式が投射される。チェイン・キャストを併用した『爆裂』。戦略級魔法『海爆』。単に水を水蒸気に帰るだけでなく、生み出された瞬間、水蒸気の分子を更に加速する事で威力を高めた水蒸気爆発が、新ソ連の高速艦十二隻を吹き飛ばした。

 こうして新ソ連海軍の佐渡島強襲作戦は失敗に終わる。日本軍も小型船八隻の犠牲を出したが、将輝の『海爆』によって新ソ連艦隊の別動隊は全滅した。

 西暦二〇九七年七月八日十四時七分。一条将輝は、新たな戦略級魔法師となった。




まぁ達也は非公開ですし、威力も射程も達也の方が上なんですが……

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