劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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疑われるのは仕方がない


パラサイト内の疑念

 ウェーブ・ピアサー型双胴高速艦である『ミッドウェイ』は、水上部分が低く平らな直線的な形状をしている。高速艦であると同時にステルス艦でもあった。

 だがレーダーによる探知はある程度誤魔化せても、成層圏プラットフォームの高性能カメラを欺く事は出来ない。監視システムに見つからずに日本の領土に近づくことは、本来出来ないはずだ。たとえそれが、小さな島であっても。

 だが実際には、レグルスが艦体に沿って展開した光学迷彩が可視光だけでなく電磁波全般による観測も無効化していた。

 

「レグルス中尉。貴官は前からこんなに、光学迷彩が上手だったかしら?」

 

「この作戦に当たって、九島光宣から術式の提供を受けました」

 

 

 ベガの質問に、レグルスは正直な答えを返した。パラサイトの性質上、仲間に隠し事は出来ないが、そうした事情とは別に、レグルス自身も自分の魔法に驚いて誤魔化す余裕が無かったのである。

 

「魔法式の提供を受けただけで、魔法のスキルが劇的に向上したのですか?」

 

 

 スピカが提示した疑問は、レグルス本人も懐いていたものだ。

 

「我々がパラサイトだからではないでしょうか。精神がつながっていることで、魔法式だけでなくそれを使うスキルも共有されているのかもしれません」

 

「それは変じゃないかな」

 

 

 ここで口を挿んだのは、スターズにとって部外者であるレイモンドだった。

 

「変、とは?」

 

「魔法師がパラサイト化した場合、得意魔法に特化する傾向がある」

 

 

 レグルスの問いかけに、レイモンドはフリズスキャルヴで集めた知識を披露する。

 

「個性という事か?」

 

 

 そう尋ねたデネブに、レイモンドはゆっくり頭を振った。

 

「個性には違いないだろうけど、僕たちパラサイトは全体で一つのユニットを形成しているのだと思う。つまり、分業だね」

 

「その理屈からすると、スキルの共有はおかしい……と言いたいのか?」

 

 

 レグルスの言葉に、今度は首を縦に振る。

 

「他人に自分のスキルを使わせる。これは言い換えれば、他人を通じて自分のスキルを使うという事だ。光宣の能力にはおかしなところがある。パラサイトとして、光宣は変だよ。異質だ」

 

「気に入らないな……」

 

 

 レイモンドのセリフを受けて、ベガが呟く。彼女は「それではまるで、九島光宣がレグルスを使い魔にしているみたいだ」と考えたのだった。

 

「……とりあえず今は、ミッションの遂行に集中する。どういう性質のものであれ、九島光宣からもたらされた光学迷彩魔法は有効だ。このまま巳焼島に接近する」

 

 

 とりあえず、今は。意識を共有している彼らは、ベガが口にしなかった部分まで理解していた。ただここにいる五人とも、それが光宣にも筒抜けになっている事を失念していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 座間から調布に向かう車中で、光宣はひっそりと笑みを浮かべていた。美麗にして妖艶なその笑顔は、間違いなく光宣自身のものでありながら、周公瑾の面影もあった。

 輸送機の中でベガが懐いた疑念は正しい。ベガたちの破壊工作ミッション――光宣にとっては陽動作戦――を成功させるため、光宣はレグルスの魔法演算領域を使って光学迷彩魔法を行使していた。レグルスは自分で魔法を使っていると思っていたが、真相は光宣が魔法をコントロールしていたのだった。

 いくら周公瑾の知識を得た光宣でも、相手が人間なら出来なかったことだ。傀儡にする事は出来ても、傀儡の自由意志による行動に見せる事は困難だった。精神を共有し自我があやふやになっているパラサイトが相手だからこそ、自分の自発的な意志だと思い込ませられたのである。

 警戒されるのは一向に構わなかった。光宣の方でも、レグルスやレイモンドを同族だと思ってはいない。彼らはパラサイトの虜であり、自分はパラサイトの主人。光宣はそう考えている。

 レグルスたちを助けたのは、同じパラサイトだからではない。水波の誘拐に利用する為だ。もっとも一方的に利用するのではなく、光宣の方でも彼らに必要な支援をしている。客観的に見てもお互い様だろう。そのスタンスは今も変わらない。同族だから助け合うのではなく、お互いの目的に利用し合う。

 

「(目的を果たした後は赤の他人になるのだから、何と思われようと構わない)」

 

 

 この時点では、光宣はそういう風に高をくくっていた。

 車が調布に入った。パラサイドールを乗せているのは、彼が載っているドライバンだけではない。同じ型式の車が他に五台、異なるルートで目的地へ向かっている。彼はパラサイドールとのサイキカルなラインを通じてではなく、交通管制情報でそれを知った。

 

「(水波さん、待っていてくれ……!)」

 

 

 後はタイミングだ。光宣はレグルスたちの破壊工作が少なくとも途中までは上手くいくよう、本気で願った。だが光宣は致命的なミスを犯していた。水波が自分の事を待っていてくれていると思い込んでいるが、彼女は光宣の事を待ってはいない。むしろ自分が囮となり光宣を捕まえる事に積極的に協力しているのだ。例え光宣が病室に忍び込めたとしても、水波は光宣の手を取って一緒に逃げ出す事はあり得ない、という事を全く考えていないのだった。




光宣は仲間のつもりは無いからなぁ……

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