劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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普通の技術者はテストしなきゃ分からない


新戦略級魔法のテスト

 将輝と吉祥寺、それに茜は実験の為、国防空軍小松基地から国防海軍金沢基地へと移動していた。前の大戦中に海沿いのゴルフ場を潰して建設された、比較的新しい海軍基地だ。小規模だが最初から魔法戦術を考慮して造られた基地で、設計には旧第一研も加わっている。海戦魔法の実験にはうってつけの場所と言える。

 

「将輝。分かっているとは思うけど、事象干渉力のコントロールを間違えないで」

 

「もちろん、分かっている」

 

 

 魔法は魔法式を対象のエイドスに投射し、事象干渉力を注入する事で発動する。通常ならば魔法式の投射と発動に必要な事象干渉力の注入が同時に行われるが、発動前実験は事象干渉力を魔法が顕在化しない水準に抑えて行う。機械的な制御装置が無いから、この辺りは完全に個人技能任せだ。その為、強大な魔法の実験には、それだけ大きなリスクが伴う。

 

「……茜。せめてシェルターに入っていた方が良くないか?」

 

 

 だから将輝も吉祥寺も、茜を連れてくるのは気が進まなかった。本来ならばいったん家に帰したいところだ。

 

「何で?」

 

「何でって、危ないだろ」

 

「失敗しないんでしょ」

 

「それは、そうだが……」

 

「じゃあ危ない事なんて無いじゃん」

 

 

 だが茜はこの論法で、将輝は彼女の同行・同席を認めざるを得なかった。小松基地ではもっと粘り強く引き留めたのだが、「兄さんって、そんなドジっ子だったっけ」といういわれなき誹謗を前にしては、それ以上のリスクを説くことが出来なかった。

 

「……ジョージの邪魔はするなよ」

 

 

 その言葉を最後に、将輝は茜の存在を意識から締め出した。将輝が本気モードになったのを理解しているのか、吉祥寺の隣に陣取っている茜も憎まれ口を返さない。

 将輝が海に面した窓の外へ短機関銃によく似た照準器を向ける。全長約五十センチのサイズはまさに短機関銃だが、太さがほぼ一定のフォルムに加えてグリップがちょうど真ん中についていて、片手で構えてもバランスがとりやすくなっている。

 だが、今は両手で保持している。将輝の左手は「銃口」のやや手前。本物の銃であればハンドガードの部分だ。眼鏡型のゴーグルは照準領域を視覚化するツール。新戦略級魔法は長方形の平面――海面を攻撃対象にする。縦横の長さは照準器側面の四つボタンで調節する仕組みだ。上が左右拡張。したが左右縮小。前が前後拡張。手前が前後縮小。押し続ける事でゴーグルに投影される長方形のフレームが変化する。

 また厳密に言うなら、グリップの部分は照準器ではない。照準器として機能するのは「銃身」とその後方に続くパーツだ。グリップには感応石が組み込まれており、ケーブルを介して中型コンピューターから送り込まれた電子データを想子信号に変換・出力する役割を担っている。

 ゴーグルに沖合二十キロ、水平線の向こう側の海が実際の視界に重なり合って映し出される。彼は照準器側面のボタンを使って、その映像の中に幅一キロ、奥行き五百メートルのターゲットエリアを設定した。

 

「テストを開始する」

 

 

 将輝の宣言に吉祥寺や茜だけでなく、実験に協力している基地の技術者も固唾を呑んだ。将輝の左手が対象領域設定用のボタンから離れ、照準器の「銃身」を支える。彼の右手がグリップを強く握り、その人差し指が照準器の引き金を引いた。

 確定された座標情報を、中型コンピューターが起動式のフォーマットに変換。コンピューターに保存されていた起動式の電子データに座標データと魔法式複写のタイムテーブルが追加され、ケーブルを伝って照準器のグリップに送り込まれる。

 照準器のグリップに組み込まれた感応石が、電子データを想子情報体に変換。起動式が想子信号で出力され、将輝の右手に吸い込まれる

 

――起動式の読み込み。

 

 

 将輝の無意識内に存在する魔法演算領域に、起動式が送り込まれる。

 

――魔法式の構築。

 

 

 通常であれば〇.五秒以内に魔法式は完成する。だが起動式読み込みからおよそ一秒の時間を要して、将輝は魔法式を出力した。彼が意識することなく、魔法式は対象領域中央に投射され――魔法が中断される。

 その直前、確かに、無数の魔法式が千メートル×五百メートルの海面を埋め尽くしていた。

 

「テスト、成功!」

 

 

 基地の技術者がどよめきを漏らす中、吉祥寺は満面の笑みを浮かべながら、高らかにそう宣言した。

 

「おめでとう、真紅郎くん! これでさらに真紅郎くんの凄さが証明されるね」

 

「ありがとう、茜ちゃん。でもこの魔法は将輝が使わなければ意味がないからね。開発者より使用者の方が注目されると思うよ」

 

「確かに兄さんが使う魔法かもしれないけど、この魔法を創ったのは真紅郎くんでしょ? それなら兄さんと同じかそれ以上の注目を集めると思うよ。ただでさえ真紅郎くんは、カーディナル・ジョージとして知られてるんだし」

 

「そう…だね……」

 

 

 これだけ喜んでくれている茜に対して「この魔法の半分以上は達也が創った」など言えるはずもなく、吉祥寺は茜からの称賛を受け続ける。茜の称賛が一通りすめば、今度は将輝から似たような事を言われるのだろうと、吉祥寺は嬉しさの反面、この兄妹を騙しているような罪悪感に苛まれたのだった。




裏で達也が動いてたとは思わない茜……

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