劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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四葉家次期当主が来れば身構えるよな……


三矢家訪問

 アークトゥルスの遺体が保存されているコンテナは、輸送機からの要請に基づき座間基地が準備した物だが、基地のスタッフは用途を尋ねなかった。

 

「中尉殿、こちらです」

 

 

 当直兵はレグルスの顔を知っていた。彼は見知らぬ同行者――レイモンドと光宣――に構わず、三人をアークトゥルスの「遺体」へ案内した。

 

「上等兵、少し外してくれないか」

 

「了解しました、サー」

 

 

 レグルスにそう言われて、当直の兵士は疑う素振りさえ見せず倉庫からキャビンへ戻った。レグルスがコンテナの蓋を開けると、中にはアークトゥルスが埋葬される姿勢で横たわっていた。封印の呪具である短剣は抜かれていたが、封印は全く緩んでいない。痛ましげな目で言葉もなく、レグルスがアークトゥルスを見下ろす。

 

「これは、かなり強固な封術ですね」

 

 

 レグルスの横に並んでコンテナを見下ろしていた光宣が、独り言にしてははっきりとした口調でそう漏らす。その独り言を聞いて、レグルスが目を見開いて光宣に問うた。

 

「分かるのか!?」

 

「ええ、だいたいは」

 

「解除出来そう?」

 

 

 レグルスの問いに対する光宣の答えを聞いて、今度はレイモンドが問い掛ける。レグルスもその事を聞きたいだろうと思って、先にレイモンドが問い掛けた形だが、レグルスも光宣の答えを期待しているような眼差しを向けていた。

 

「やってみなければ分かりません……。さっきも言ったように、これはかなり強固な封印です。肉体自体を封印の呪具に仕立ててあります。肉体を破壊してパラサイトの本体を取り出すだけなら可能だと思いますが、それでは意味が無いんでしょう?」

 

 

 光宣の最後の質問は、レグルスに向けたもの。

 

「……隊長を死なせない方向で試してみてくれないか」

 

 

 それに対するレグルスの望みは、パラサイトではなくアークトゥルスを救う封印解除だった。ここで「出来ない」と答えようものなら、水波誘拐の為の陽動を拒否しそうな雰囲気がある。

 

「……分かりました」

 

 

 光宣は少し悩んで、レグルスに頷いた。ここで味方を減らすわけにはいかないので、光宣は心の中で難しいと思いながらも、それを表面に出す事はしなかったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 定期試験終了の今日、達也は朝から一高にいた。とはいっても、彼は試験を受けてはいない。免除されている物を受けて、他の生徒を刺激する事を避けての事だ。

 新ソ連迎撃用の戦略級魔法開発は、いったん彼の手を離れている。リーナを放置するのは些か不安だったが、彼女も小さな子供ではない。自分が毎日様子を見に行かなくても馬鹿な真似はしないはずだ、と達也は己に言い聞かせている。もし何かあったとしたら、花菱を介して自分に連絡が来る手筈になっているので、その連絡が無いのでとりあえずは大丈夫なのだろうと自分を納得させている。

 試験時間中は図書館に篭り、試験終了後は幹比古を付き合わせて『封玉』の練習。そして久々に遅い時間まで生徒会の仕事をしていた深雪たちと共に下校したのは六時過ぎの事だった。

 ただし、二人はそのまま帰宅したのではない。達也と深雪は四人乗りの個型電車に乗って町田に向かっていた。同乗者は三矢詩奈と矢車侍朗。目的地は十師族・三矢家の屋敷だ。ミッドウェー島及び北西ハワイ諸島海域におけるUSNA軍の動向に関する情報を仕入れる為に、達也は詩奈に三矢家当主または総領との面会を依頼していた。詩奈から「定期試験が終わった日の夜で良ければ」という回答があったので、こうして下校する詩奈に案内してもらっているのだった。

 案内といっても、達也は屋敷の所在地だけなら以前から知っていた。ただ約束しているとはいえ。達也は当主の三矢元と直接言葉を交わした経験も無い顔見知り未満の間柄だ。詩奈に連れて行ってもらう方が、無用な軋轢を避けられるに違いなかった。

 達也が面会を申し込んだのは、当主の三矢元、または長男の三矢元治だ。だが達也を待っていたのは、三矢元及び元治の二人だった。

 四人が挨拶を終えたところに、達也と深雪を応接室に案内していったん下がった詩奈が、冷たい飲み物を持ってくる。

 

「詩奈、ご苦労様。ここはもういいぞ」

 

 

 彼女はどうやらそのまま居座るつもりだったようだが、父親の元に退室を言い付けられて、不満をあらわにしながら出て行った。元治が手元のリモコンで応接室の扉に鍵をかけ、元が改めて達也へ向き直った。

 

「達也殿、とお呼びしても良いだろうか」

 

「そう呼んでください。自分は『三矢殿』、『元治殿』とお呼びすればよろしいのでしょうか」

 

「それで構わない」

 

 

 達也の反問に元が頷く。そうして元は、早速本題に入った。

 

「詩奈から聞いた話によれば、達也殿は米軍の動向についての情報を求めておられるとか」

 

「はい。具体的には、ミッドウェー島及び北西ハワイ諸島海域における軍事施設と部隊展開について、ご存じのことがあればご教示賜りたく」

 

 

 元と元治、両者の顔に意外感が浮かぶ、達也が口にした地域は、三矢家の親子が予想していた物と違っていた。

 

「……それは、現下の情勢に対応する為という理解で良いのだろうか?」

 

「新ソ連と大亜連合の紛争に、直接関連する理由ではありません」

 

「……では、何故?」

 

「ミッドウェー監獄に囚われている魔法師を脱走させることが可能かどうか、判断するためです」

 

 

 元が探るような目付きで問い掛け、韜晦は許さないという雰囲気だったが、達也は最初から答えを偽るつもりなど無かった。




現役当主ですら勝てない達也の貫禄

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