劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

1786 / 2283
会議というか決定事項っぽいですが


一条家内会議

 七月六日、土曜日。最終日の試験を終えて帰宅した一条将輝は、父親の剛毅に呼び出された。昼食前の空腹を抱えて父の書斎に赴く。そこには中学二年生になる上の妹、茜もいた。

 剛毅は茜と向かい合わせで、ソファセットに腰掛けていた。父の「まずは座れ」という指示に、将輝は茜が座っている三人掛けのソファに一人分の隙間を開けて腰を下ろす。

 

「昼食前だ。手っ取り早く済ませるぞ」

 

 

 剛毅の言葉を聞いて、茜が微かに眉を顰める。将輝は気にならなかったが、お年頃の茜には父親の粗暴な言動がお気に召さなかったのだろう。何時もの事なのか、剛毅は娘の反応をスルーした。

 

「大亜連合の国家公認戦略級魔法師、劉麗蕾が日本に亡命してきている」

 

「『十三使徒』の劉麗蕾が?」

 

「そうだ」

 

 

 将輝が思わず、聞くまでもない質問を口にしたが、剛毅はそれを咎める事はしなかった。この報せを聞いて、彼自身も耳を疑ったからだ。

 

「現在、小松基地に保護されている」

 

「国防軍から何か要請があったのか……?」

 

「話が早いな。だが向こうが指定してきたのはお前じゃない。茜だ」

 

「あたしっ!?」

 

 

 他人事の顔で父と兄の話を聞いていた――聞き流していた可能性も十分にあるが――茜が、突然名前を呼ばれて飛びあがった。

 

「正確には『神経攪乱』を使える一条家の魔法師を求めている」

 

 

 『神経攪乱』、正式名称は『神経電流攪乱』、または『ナーブ・インパルス・ジャミング』。敵の神経インパルスに干渉して五感を狂わせ随意筋を麻痺させる、二十八家の一つ、一色家が切り札としている魔法だ。将輝たちの母親・一条美登里は一色家の一族だが、傍系出身で『神経攪乱』は使えない。どんな遺伝の悪戯か、一色家の直系でも全員が使えるわけではないこの魔法に、茜は適性があった。

 

「な、何で!?」

 

 

 だからといって、茜には国防軍に目を付けられるような活躍をした覚えがない。彼女の叫びは、心からのものだった。

 

「劉麗蕾の亡命には不審な点がある」

 

「偽装亡命の可能性があると?」

 

「そうだ。劉麗蕾の『霹靂塔』は電子機器に致命的なダメージを与える。基地施設に対する破壊工作に使われたら、防空網が麻痺してしまう恐れがある」

 

「基地に使われている電子機器は電磁波対策がなされているのでは?」

 

 

 当然とも思われる疑問を口にする息子に、剛毅は重々しく首を横に振った。

 

「どんな対策も、その耐久力を超える負荷を掛けられれば破られてしまう。我々は『霹靂塔』の限界出力を知らないし、試してみる事も出来ない」

 

「だから『神経攪乱』か? 不審な動きを見つけ次第、麻痺させてしまえと?」

 

 

 今度は、将輝の疑問に剛毅が頷く。

 

「疑わしいというだけで致死性の攻撃を仕掛ける事は出来ない。確たる証拠もなしに保護している亡命者を殺せば、日本の国際的な立場が悪化してしまうからな。だが魔法の発動を確認してからでは遅すぎる。劉麗蕾はCADを必要としないそうだ。もたもたしていたら『霹靂塔』を喰らってしまう」

 

「……『爆裂』ではなく『精神攪乱』が必要とされている理由は分かった。だがそれなら、一色家に依頼すれば良いんじゃないか?」

 

 

 『精神攪乱』は元々一色家の魔法だ。将輝でなくても旧第一研の内部事情を知っていれば、同じ疑問を懐くに違いない。

 

「そ、そうよ! 第一、あたしまだ中学生だよ!?」

 

 

 それに、茜の言い分ももっともだ。状況に適した魔法を使えることと、状況に対処出来ることは、イコールではない。長女の抗議に、剛毅は一瞬たじろいだ。彼も本音では、十四歳の娘に国防軍の依頼を押し付けたくなどないのだろう。しかし彼はすぐに、父親の顔から十師族当主の顔に表情を切り替えた。

 

「一色家では力不足だ」

 

「こいつには確かに『精神攪乱』に対する適性があるが……」

 

 

 将輝に「こいつ」呼ばわりされて、茜がムッと頬を膨らませる。だが自分の味方になってくれようとしているのは理解出来たので、不満を口には出さなかった。

 

「それでも、一色本家より力が上ってことはないんじゃないか?」

 

「そうではない」

 

 

 首を左右に振った剛毅な深刻な声音に、将輝だけでなく茜も固唾を呑んで次のセリフを待った。

 

「劉麗蕾が密かに破壊工作を企むのではなく強硬手段を取った場合、一色家では鎮圧できない。彼の家の魔法は射程距離が短すぎる」

 

 

 剛毅の言葉を、将輝も茜も納得せざるを得なかった。『神経攪乱』をはじめとする一色家の生体電流干渉魔法を確実に作用させる為には、数メートルの距離まで近づく必要がある。相手が友好を装ってだまし討ちを企んでいるのであれば、術者を近くに配置して無力化する事が出来る。しかし殺し合いを厭わなければ、側に付けられた監視者を取り除いてから行動に移るだろう。その場合、至近距離まで近づかなければならない生体電流干渉は役に立たない恐れがある。

 

「だから将輝、お前も呼んだ」

 

「……俺も茜に付いて行けと?」

 

「そうだ。いざという時は、お前が茜を守ってやれ。そして、劉麗蕾を斃せ」

 

 

 将輝は剛毅に即答せず、茜へと目を向けた。視界の端でそれを認めた茜も、将輝と向かい合った。




少しは役に立てる……のか?

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。