劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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他の家にやれせればいい


解決策のヒント

 達也が余計な事を考えていた時間は、十秒にも満たない時間で、風間は達也が劉麗蕾をどう扱うべきか考えていたのだろうと受け取っていたため、その間声をかける事はしなかった。

 

「首都に移送できない以上、申し訳ありませんが、協力は困難です」

 

『……それは、東京を離れられないということか?』

 

「国内に侵入しているパラサイトから攻撃を受ける懸念があります。長期間、東京を離れるわけにはいきません」

 

『しかし、劉麗蕾の潜在的な脅威も無視できない』

 

「劉麗蕾を保護しているのは小松基地でしたね? であれば、一条家に協力を依頼すればいいのではないでしょうか」

 

『一条殿に「霹靂塔」を抑えられるだろうか?』

 

「旧第一研の研究テーマは対人魔法、人体に直接作用する魔法です。不審な動きを見せた魔法師を無力化するには向いていると思いますが」

 

『しかし、「爆裂」では殺してしまうことにならないか? 亡命者の命を確かな証拠もなく奪っては、国内外から非難を招く』

 

「一条家当主夫人は一色家傍系の出身だったはずです。一色家の御家芸は神経電流への干渉。夫人や彼女の娘が一色家の魔法を受け継いでいるかもしれません。長男の一条将輝も、もしかしたら『神経電流干渉』を隠しているかもしれない」

 

『ならば、一色家に直接依頼する方がよくないか?』

 

「一色家ではいざという時の対処が困難です」

 

 

 「いざという時」というのは、劉麗蕾を予防的に無力化するのではなく、本気で敵対して彼女を斃さなければならないケースだ。たとえ劉麗蕾が本物の亡命者でも、彼女は大亜連合の兵器として育てられた魔法師。祖国のために日本の国益を損なう決断をする可能性は小さくない。風間も「いざという時」の一言で、それを理解した。

 

『小松基地に最も近い十師族は一条家だしな……分かった。向こうの基地司令には、一条家を頼るよう佐伯閣下からアドバイスしていただこう』

 

「お役に立てず済みません」

 

『いや、こちらの方こそパラサイトの件ではあまり力になれていない。今後しばらく我が旅団は、新ソ連への対応で手一杯になってしまうだろう。パラサイトへの対処を任せきりにしてしまうのは、心苦しく思っている』

 

「この情勢では、仕方がありません」

 

『そう言ってくれると助かる。一条家に関する提案も参考になった』

 

「恐縮です」

 

 

 達也が画面に向かって敬礼をする。風間もカメラの向こうで敬礼を返して、ヴィジホンはブラックアウトした。そのタイミングを見計らっていたわけではないだろうが、風間との電話を終えた達也に深雪が声をかける。

 

「達也様、コーヒーを淹れなおしましたので、よろしければ」

 

「あぁ、ありがとう」

 

 

 深雪に対して柔らかい笑みを浮かべ、その提案を受け入れた達也。その彼の表情に、深雪の顔は一気に熱を帯びる。

 

「達也様、一色さんを小松基地に向かわせるわけにはいかなかったのでしょうか? 彼女ならいざという時にも対処出来るのではないかと思いますし」

 

「確かに愛梨ならある程度の状況に対処する事は可能かもしれない。だが彼女は、心情的に国防軍に力を貸す事をしないだろう」

 

「……そうでしたね」

 

 

 達也を道具として扱い、いざという時は排除する事も躊躇わないであろう国防軍に、彼の婚約者である愛梨が協力を惜しまないかと問われて、深雪は自分の浅はかさを恥じた。もし自分が同じ立場だった場合、どう説得されても国防軍に力を貸すなどありえないと思ったからだ。

 

「東京に移送できるのであれば協力したかもしれないが、わざわざ小松基地まで向かって国防軍の言いなりになるとは思えない。だから中佐にもその事は言わなかった」

 

「風間中佐も、一色さんの事は忘れているようでしたしね」

 

「そもそも『ゲートキーパー』の研究は今、俺の手を離れて四葉家で進められている秘術扱いの魔法だ。俺一人の判断で使えるものではない」

 

「叔母様でしたら、達也様の凄さを宣伝できるといって引き受けそうですけどね」

 

「いや、そんな事が出来ると知られれば、余計に宇宙に追放すべきだと考える輩が増えるかもしれない。全ての魔法師の敵となる存在を、地球上に留めていては自分たちの安寧が脅かされるとでも考えるだろうしな」

 

「あり得そうですね……」

 

 

 達也が念頭に置いているのは、エドワード・クラークやベゾブラゾフの事で、深雪もその二人を筆頭に可能性のある相手を思い浮かべて苛立ちに顔を歪ませる。

 

「劉麗蕾の事と新ソ連の艦隊への対処は、一条家に任せるとして、こちらはパラサイトへの対応とそれに乗じて行われる可能性がある巳焼島への襲撃に対処しなければならないからな」

 

「まったく、何時まで達也様の邪魔をすれば気が済むのでしょうね……いっその事、私がUSNAすべてを凍らせてしまいましょうか」

 

「いくら何でもやり過ぎだ。それに、そんな事をすれば深雪に負担が掛かり過ぎる」

 

「ならせめて、国家科学局カリフォルニア支部を――」

 

「深雪」

 

「も、申し訳ございませんでした!」

 

 

 自分が暴走しかけていたことを自覚し、深雪は先程とは違う意味で顔を熱くさせている。そんな深雪を、達也は慈愛の眼差しで眺めながら、彼女が淹れてくれたコーヒーを飲み干すのだった。




深雪ならそれが出来そうだから怖い……

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