劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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年齢など関係ないのでしょう


敗戦国側の戦略級魔法師

 二〇九七年七月五日、午前八時。神戸の隠れ家に戻っていたレグルスは、スターズ本部からの指令をパラサイトのテレパシーネットワークで受け取った。西太平洋公海上を航行中の空母が受け取った電文を指令書にして戦闘機で横須賀に寄港中の空母に届け、横須賀基地に潜伏中のベガがパラサイト同士の意識共有でレグルスに届けるという面倒な手間を踏んで送られてきた命令だ。パラサイトの集合意識を通じた情報共有であるから、その内容は同じパラサイトであるレイモンドと光宣にも伝わっていた。

 

「どう思う?」

 

 

 レグルスが光宣に肉声で尋ねる。光宣はパラサイトでありながら人間の「個」性を残している。光宣の側からパラサイトの集合意識へのアクセスは自由に出来るが、光宣の意識に侵入する事はレグルスもレイモンドも、横須賀のベガたちも成功していない。

 

「スターズ本部からの指令は、奇しくも僕がジャックにお願いしようと思っていた陽動作戦と一致しています。ジャックは恒星炉プラントの破壊工作に参加してください」

 

「その隙に光宣は彼女を奪うのかい」

 

 

 そう尋ねたのは、レグルスではなくレイモンドだった。

 

「そのつもりです。レイモンドも一緒に来ますか?」

 

「いや、僕はジャックのバックアップに回るよ」

 

 

 その配役に、光宣も異存なかった。

 

「光宣の依頼が無くても本部からの指令には従うつもりだが……」

 

「何か懸念が?」

 

「その前に、アークトゥルス隊長の現状を確認したい。出来る事なら、封印から解放して差し上げたいと思う」

 

 

 アークトゥルスは座間基地到着直後、日本の古式魔法師によって封印され、現在も座間基地に寄港中の輸送機内に隠されている。それがレグルスの認識だ。

 

「分かりました。それでは先に、アークトゥルス隊長の様子を見に行きましょう」

 

 

 光宣はレグルスの予想を裏切る気安さで、彼の要望に頷いた。その答えに、レグルスだけでなくレイモンドまでも疑問を懐いた。

 

「東京に移動するのは、新ソ連艦隊が南下を始めてからじゃないの?」

 

「スターズの作戦通り事態が進行すれば、十師族にも国防軍にも西からの旅人を全員チェックする余裕なんて無くなりますよ」

 

 

 光宣の口調には、自信と余裕が宿っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日本時間七月五日午前九時。大亜細亜連合政府は新ソビエト連邦政府に対し、極東地域における休戦を呼び掛けた。その一時間後、新ソビエト連邦政府より休戦に関する条件提示があった。そこには、戦争犯罪人の引き渡しが含まれていた。

 

 

 

 

 

 

 日本時間七月五日午前十時二十分。現地時間午前十一時二十分。ウラジオストクの北、ウスリースクの更に来たに位置するヴォズドヴィデンカに潜伏中の劉麗蕾は、護衛部隊の隊長に呼び出された。

 

「……新ソ連は私の身柄を要求しているのですか?」

 

 

 強張った声で劉麗蕾が護衛部隊の林隊長に問い返す。

 

「そうです。新ソ連政府が引き渡しを要求した戦争犯罪人のリスト上位に、劉校尉の名前がありました。これは確実な情報です」

 

「戦争犯罪人……」

 

 

 劉麗蕾の血の気が引いた唇を噛む。ただ激しいショックを受けていても、「何故」とか「どうして」といった言葉は口にしなかった。彼女も理解しているのだ。戦略級魔法の行使は大量破壊兵器の使用と同様、容易く「非戦闘員の殺傷」に結びつくという事を。

 戦争に勝利すれば、罪に問われる事は無い。だが敗北すれば、重罪人として処刑台に送られる。そんな劉麗蕾の右手を、林隊長が勇気づけるように両手で包み込んだ。

 

「劉校尉、逃げましょう」

 

「林隊長?」

 

「勝者の裁きに身を委ねる必要はありません。校尉は命令に従っただけなのですから」

 

「しかし、私が逃げたら休戦が成立しないのでは……」

 

「校尉が考えるべき事ではありません」

 

「ですが、それでは祖国が困難な状況に……」

 

「劉校尉、いえ、小劉」

 

 

 林隊長の口調が、上官に対するものから年下の子供にやさしく語り掛けるものに変わった。「小劉」は「劉ちゃん」といったニュアンスだ。

 

「貴女がそんな事を考える必要は無いんですよ。小劉はまだ子供なんですから」

 

「――子供ではありません。私は一人前の魔法師です」

 

「いいえ。小劉はまだ十四歳ではありませんか。国が貴女を庇護してくれるなら、国に報いるべきでしょう。ですが国が貴女を生け贄にしようとしているのに、貴女がその言いなりになる必要はありません。小劉、貴女は生きるべきです」

 

「しかし……」

 

「では、こう考えてください」

 

 

 なお決心できない劉麗蕾に、林隊長は口調を戻して説得を続ける。

 

「劉校尉が処刑されてしまえば、祖国は再び戦略級魔法師を失います」

 

 

 本当は六人の非公認戦略級魔法師を大亜連合は抱えている。それは大亜連合の最重要機密であり、林少尉は知らされていない。ただその六人の魔法には大きな欠陥が存在していて、国家存亡の危機に直面しない限り用いる事は出来ない。劉麗蕾以外に、普段から使える戦略級魔法師はいないのだ。そのいう意味では、戦略級魔法師が不在になるという林少尉の主張も間違いではない。劉麗蕾も他の戦略級魔法師の事は詳しく知らないので、林少尉の言い分に国を捨てられないという思いに揺らぎが生じた。




この歳じゃ裏側を知らなくても仕方ないが

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