劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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冷めた父子関係だな


父との交渉

 義母から聞き出した住所に到着して、光宣はその美しい弧を描く眉を顰めた。小規模ながら最新技術が投じられていると分かる建物は、アンドロイドの製造工場だった。電子金蚕を使って通用口から中に入る。あえて気配を隠さなかったので、目論見通り「警備員」はすぐに現れた。人間に似た、女性型の機械。それは、戦闘用ガイノイドだった。

 

「おっ? 強いぞ、こいつ」

 

 

 襲いかかってきたガイノイドを、レイモンドはサイコキネシスで押し戻した。レイモンドはガイノイドを押し潰すつもりでPKを行使していたが、ガイノイドのボディはPKの拘束に抗って僅かに前進した。だがレグルスの放出系魔法を喰らい、床に崩れ落ちた。

 

「……随分高性能なマシンソルジャーだな。特にフレームの強度は目を見張るほどだ」

 

 

 レグルスが軍人らしい感想を述べる。だが光宣は、機体その物の性能とは別の部分に着目していた。

 

「(これは、パラサイドールの素体じゃないか……? いや、今はそんな事を気にしてる場合ではない)行きましょう。時間を無駄にしたくありません」

 

 

 自分が懐いた疑念に蓋をして、光宣はレグルスとレイモンドを促し施設内を進む。光宣が探している人物、彼の父親、九島真言は工場の生産ラインにいた。

 

「制御室にいるかと思いました」

 

 

 光宣が話しかけても応えは返ってこない。もしかしたら真言自身は会話をする意思があるのかもしれないが、彼を背中に庇う人垣がそれを妨げていた。

 

「護衛の人は下がってもらえますか。攻撃されない限り、危害を加えるつもりはありません。工場の方も安心してください」

 

 

 光宣の言葉に工場の従業員と思われる集団は露骨な安堵の表情を浮かべたのとは対照的に、真言の護衛と思われる集団は、緊張に一層顔をこわばらせた。もし銃を持っていたなら、今にもトリガーを引きそうな雰囲気だ。

 

「皆、下がれ」

 

 

 ここに至り、九島真言が漸く口を開いた。ボディガードの人垣が、躊躇いを見せながら左右に割れる。

 

「お久しぶりです、父さん」

 

「もう少し早く来ると思っていたぞ」

 

 

 光宣に気後れが見られないのは、二人の力関係からすれば当然かもしれない。だが二人の関係を鑑みれば、心を乱さないのは少々不自然だ。真言の方も普通なら、少しは罪悪感を見せて然るべきだと思われる。

 

「お前は欠陥品だと思っていたが、実は未完成品だったのだな。妖魔を宿す事により完成品になるとは全くの予想外だ」

 

 

 真言の薄情というより無情なセリフに対して、光宣は怒るのでも泣くのでもなく、冷笑を浮かべただけだった。

 

「本音で話してくれてありがとうございます。お陰で僕も、罪悪感を覚えずに済む」

 

「妖魔に罪悪感のような感情があるとは思わなかった」

 

「パラサイトの本体は、人間の精神活動に由来する独立情報体という仮説があります。この仮説が正しければ、僕たちが人間の感情を持っていても不思議ではないでしょう」

 

「仮説が正しければな」

 

「この工場は、パラサイドールの素体を製造していますね?」

 

「そんな事を訊きに来たのか?」

 

「素体のストックは何機ですか? ああ、父さんは答えなくて結構です。そこの貴方、回答をお願いします」

 

 

 光宣は視線を真言から、作業員の中にいるワイシャツ姿の男性に問い掛けた。恐らく彼がこの工場の責任者なのだろう。

 

「か、完成済みの素体が二十四機、進捗五十パーセント以上の仕掛品が十二機です」

 

「合計で、パラサイトを移植済みの個体の二倍以上ですか。父さんは国防軍への売り込みを諦めていなかったんですね」

 

「諦める必要が何処にある。パラサイドールそのものに問題は無かった。試験運用のやり方を、先代がしくじっただけだ」

 

 

 先代とは、九島烈の事。真言は父親に対する非難を躊躇わなかった。パラサイドールの有用性については、光宣も同意見だ。だが烈に対して見え隠れする悪意に、光宣の視線はますます温度を下げた。

 

「……では、完成済み・製造中の素体を含めて、九島家は僕の命令に従ってもらいます」

 

 

 光宣の口調は、必要以上に高圧的なものだ。それは多分、烈に対する光宣の、消しきれない思慕を反映していたのだろう。

 

「分かった」

 

 

 真言の答えは、光宣の要求を理解しているのかどうか疑わしくなるほど、あっさりとしたものだった。

 

「御当主様、よろしいのですか!?」

 

 

 当然の成り行きと言うべきか、ボディガードから反発の声が上がる。むしろ尋ねた側である光宣の方が、ボディガードの反応は当然だと思っているほどだ。

 

「抵抗しても無駄だ」

 

 

 だが真言は彼らに対しても、淡々とした――というより、精気が乏しく感じられる口調で答えた。

 

「光宣は先代を斃した、『九』の魔法師の完成品。光宣が九島家最強の魔法師である以上、我々が光宣に従うのは当然の事だ」

 

 

 彼のセリフにも表情にも、口惜しさはまるで見られない。「完成品」と口にした真言の声は、無念とは逆の満足感を漂わせているよにも感じさせるものだった。

 

「わ、分かりました」

 

 

 真言が光宣に従うのが当然だと思っている以上、ボディガードたちはそれ以上何も言えない。こうして光宣は、九島家の協力を得て、満足げに工場を後にしたのだった。




もう九島家が十師族に復帰する事はないだろうな……

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