劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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まさにその通り


無神経な男

 光宣の言葉に答えは無い。長男は応えられる状態に無く、次男、長女、次女は目の前で見せつけられた力量差に声も出せなくなっている。戸籍上の母親は、怯えた表情こそ見せていないが、唇を引き結んで光宣の視線から顔を背けていた。

 

「とはいえ、父さんを差し置いて僕の要求に頷けないのは分かっています。先に父さんと話を付けてきますので、それまでここで待っていてください」

 

 

 そのセリフを言い終えると共に、光宣は新たな魔法を発動した。義母の、姉の、兄の身体から力が抜け、次々と椅子から転げ落ちる。机に突っ伏したならば、料理の皿に顔を突っ込んでいたに違いないから、床に転落したのはマシな結果だったといえるだろう。

 

「この程度の魔法にやられるようじゃ、九島家は十師族から落とされても仕方なかったかもしれませんね」

 

 

 強制的かつ速やかに、睡眠を強制する精神干渉系魔法。光宣の家族は彼の手によって、眠りの檻に囚われた。

 

「まぁ、今の僕の魔法に抗える人は、この家にはいないって分かってましたけど」

 

 

 光宣の魔法は、家族だけを対象にしたものではなかった。一階にいた使用人は一人残らず意識を奪われ。偶々刃物を使っていた、あるいは倒れた際の打ちどころが悪かったという理由で重傷を負った者もいたが、光宣は負傷者を見つけ次第、治癒魔法を掛けて回った。

 

「死者が出なかったのは幸いだったな」

 

 

 不幸中の幸いで死者が出なかった事を安堵しながら、光宣は二人と合流すべく二人が下りてくるであろう階段へ向かう。そして光宣がレグルス、レイモンドの二人と再合流したのは、裏口ではなく表玄関のホールだった。

 

「光宣」

 

 

 階段を下りてくるレグルスに声をかけられて、光宣は立ち止まり顔を上げる。

 

「終わりましたか?」

 

「ああ、全員眠らせた。三人から激しい抵抗を受けたが、何とか命を奪わずに済ませた」

 

「上首尾ですね」

 

 

 レグルスの答えに、光宣が笑顔で頷く。彼の思惑を達成するためにも、万が一があっては話をスムーズに進められないので、今の光宣の笑みに邪気は含まれていない。

 

「ところで、殺さずに眠らせたのは彼らを利用するからかい?」

 

 

 明るい口調でこう尋ねたのは、レグルスに続いて二階から下りてきたレイモンドだ。

 

「力を借りたいのは屋敷の使用人ではなく、外で仕事をしている部下たちですけど。身内意識があるので反感を買いたくなかったんですよ」

 

「ふーん……でも九島ショーグンを殺しちゃってるんじゃ、手遅れじゃないかな」

 

「レイモンド!」

 

 

 レグルスに強い口調で叱りつけられて、レイモンドが首を竦める。人だった頃からそうなのだが、レイモンドには相手を慮る気持ちが欠けているのだ。

 一方のレグルスは、光宣の気持ちをある程度理解しているので、レイモンドの配慮の欠けた発言に憤り、強い口調で叱責をし、光宣に対して気まずげな視線を向けた。

 

「光宣、その、な……」

 

「ジャック、気にしないでください」

 

 

 光宣の返事は、あたふたするレグルスを慰めるような語調だった。慰めようとしていた相手から慰められ、レグルスはますます困惑したが、光宣はそのレグルスの態度を気にした様子もなく視線をレイモンドへと向けた。

 

「僕が祖父を殺したのは事実です。でも、祖父ではなく父に忠誠を誓っている者も、今では多いんですよ」

 

「へぇ……」

 

 

 レイモンドの呟きには、反省した様子もない。だがらといって、光宣は気を悪くしなかった。

 

「その父のところに行きます。付き合ってください」

 

 

 そう言って、光宣は返事を待たず玄関を出る。光宣のあっさりとした態度に呆然としていたレグルスが我を取り戻し、光宣を追おうと足を踏み出そうとし、もう一度だけレイモンドを睨みつけた。

 

「お前は光宣の気持ちが分からないのか」

 

「僕は光宣じゃないから、分かるわけないじゃないか。そりゃパラサイトとして、意識を共有出来ればわかるかもしれないけど、どういうわけか光宣は僕たちと一緒になることを拒んでる。そんな状態で彼の気持ちが理解出来るわけ無いじゃないか。それとも、ジャックには光宣が何を考えているのかが分かるっていうのかい?」

 

「それは……」

 

 

 レイモンドの言うように、レグルスにも光宣の気持ちは完全には理解出来ていない。だが、レイモンドのように無神経な発言は避けるべきだという思いは間違っていないと確信している。

 

「とにかく、九島烈の話題は避けろ。幾ら光宣が気にしていないといっても、本心はどうか分からないからな」

 

「別に気にしなくてもいいと思うんだけどな。幾ら否定したいって思っても、光宣が九島ショーグンを殺した事は変えようのない事実なんだし、否定して九島ショーグンが生き返るわけでもないんだし」

 

「そういう事を言ってるんじゃない。まぁ、とにかく光宣の前では九島烈の話題はするな。これ以上光宣の気持ちを掻き乱しては、こちらに都合の悪い展開にならないとも限らないからな」

 

「ジャックは心配性だな。今の僕たちに勝てる魔法師が、そんな沢山いるとは思えないのに」

 

 

 楽観的なレイモンドに、レグルスは若干の不安を懐きながらも、今ここで彼の考え方を矯正する事は出来ないので、足早に光宣の後を追う事にしたのだった。




こんな無神経男が雫を振り向かせられるわけがない

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