摩利に報告したように、真由美を襲うなんて愚行を犯すような輩は存在しないので、達也は警備にまったくやる気が感じられていなかった。壇上では真由美の案に反対する浅野という生徒が必死に意見を述べているが、どの意見も真由美を納得させるには至らない。
「(感情論では七草会長の意思を変える事は出来ない。それはあの人も分かってるはずなんだろうけどな……)」
一科生縛りを無くす事に反対している生徒の大半は、二科生になんて勤まるわけが無い。二科生に生徒会役員になってほしく無いといった子供じみた考えの持ち主なのだ。そんな理由で真由美が自分の考えを変えるのなら、彼女が生徒会長だった間にこの学園は駄目になっていただろうと達也は思っていた。
「大体この案件には必要性が感じられません。二科生には生徒会役員として相応しい魔法力が備わってるとは思えませんし、そもそも何故今更こんな意見を述べているのですか」
「魔法力だけでは魔法師の価値は決まりません。それに生徒会役員に必要なのは強い魔法力ではなくいかに仕事が出来るかです。魔法力だけでは学校運営に携わる生徒会役員は務まらないのですよ」
「ですが、相応しい二科生がいなければこの案件は意味を成しません。貴女の本音は意中の二科生を生徒会役員にしたいって事でしょ!」
浅野の言葉に達也は苦笑いを浮かべた。
「(『意中の二科生』ね……そんな表現するとは、よっぽど頭に血が上ってるんだろうな)」
そもそも真由美はこの後の生徒会長選挙をもって引退するので、万が一真由美に意中の二科生がいたとしても関係無いのだが。
「私は院政を敷くつもりはありませんし、本当に相応しいのなら私が意見しなくても選ばれるはずです。私が言っているのは二科生だから生徒会役員になれないのはおかしいという事です」
「そんなのは詭弁です! 貴女はただそこの風紀委員の二科生を生徒会役員にしたいだけでしょ! 私見たんだから! 昨日貴女がそこの二科生と楽しそうに駅まで一緒に歩いてるのを!」
ヒステリックを起こした浅野の言葉に、達也はいよいよ隠しきれないほどの苦笑いを浮かべる。感情的になっているのは達也にも理解出来るのだが、彼にはそういった状況になりようがないので呆れているのだ。
だが一方の真由美は、浅野に指摘された事に頬を赤らめて恥ずかしがっている。どうやら真由美は昨日のあれが周りからは下校デートに見られてた事を喜んでいるようなのだった。
「(何でそんな反応をするんですか、貴女は……余計に誤解されるでしょうが)」
達也としては自分にまで飛び火してくるとは思って無かった浅野の言葉に頭を悩ませた。真由美がはっきりと否定すればそれで済んだはずだったのに、否定もせず、だが肯定もしない態度を真由美が取ったので、達也との関係を噂する輩がちらほらと観衆に広まりだした。もちろんそんな事を彼女が黙って見ているわけはないのだが……
「今の発言には個人的中傷が含まれています。進行役代行の立場から浅野先輩には退場を命じます。この処分が不服ならば、七草会長が個人に特別な感情を抱いてるという浅野先輩の意見を裏付ける証拠を提示してください」
「それは……」
元々ただのヒステリックから出た言葉なので、浅野には当然提示出来る証拠など無い。深雪の一切の容赦の無い威圧感に講堂全体が凍りついた。
「……訂正します。退場の必要はありませんが、討論を終わらせていただきます」
深雪の威圧感に飲まれていた服部が我を取り戻し討論を強制終了させる。この事態を収めるには適切な判断だっただろう。
元々の真由美の筋の通った意見と、今の深雪の威圧感で反対派の行動は不発に終わり、生徒会役員の一科縛りルールは撤廃される事が賛成多数で可決されたのだった。
その後すぐに生徒会長選挙に移り、壇上にあずさが立つ。すると観衆からあずさを応援するような声が多数上がってきた。彼女は真由美や摩利とは少し毛色の違うファンがいるようだと、達也は舞台袖からそんな事を思っていた。
あずさがピョコンとお辞儀をし、演説を開始する。途中今の決定をふまえて役員を決めていきたいというと、心無い野次が飛んできた。
「あずさちゃんはワイルドな年下が好みなの?」
「けっきょく能力で決めるんだろ~」
あずさならスルーすると思って野次を飛ばしてるようだし、あずさもそれを分かってるなと達也は判断した。だが思わぬところから野次に対する反論が出た。
「誰だあずさちゃんをバカにするのは!」
「卑怯だぞ! 言いたい事があるならはっきり前に出て言いやがれ!」
一部熱狂的なあずさファンが野次を飛ばした犯人を捜し始め、観衆同士で喧嘩が始まりそうになる。
「落ち着いてください!」
「皆さんお静かに!」
服部や真由美が事態の収拾に乗り出したが、関係の無いところでも喧嘩が始まってしまい、講堂内は秩序を失いかけていた。
「静まりなさい!」
ハウリングが起きなかったのが奇跡とも思えるくらいの怒号が、深雪の口から発せられた。そして感情が昂った深雪がサイオンの嵐を巻き起こす。その姿はまるで氷界の女王ともとれるくらいの迫力だ。
深雪の魔法発動に対抗する為に、真由美が、摩利が、克人がCADに手を伸ばしたのだが、それよりも早く一人の少年が氷界の女王の前に立ちはだかっていた。
まるで深雪の表情を観衆に見えなくするかの如く立ちはだかり、吹き荒れるサイオンの嵐を包み込むようにして深雪の中に押し戻す少年。
二人は見つめあいながら何かを話しているように遠目では見えるのだが、実際に何を話していたのか、はたまた何も話して無かったのかは誰にも分からなかった。
「……お騒がせしました。ですがこれはアイドルのライブでもなければふざけていい場所でもありません。野次を飛ばしたりするのは控えて下さい」
凍りつくようなプレッシャーから解放されたばかりの観衆に、今度は鍛え上げられた鋼の刃ような鋭いプレッシャーが放たれる。深雪によって抵抗心を削ぎ落とされた観衆は達也の忠告にただただ頷く事しか出来なかった。
「では中条先輩、続きをお願いします」
「あ、はい……」
さっきまでのプレッシャーが嘘のように消え、普段の雰囲気に戻った達也に促され、あずさは中断していた演説を再開する。またあのようなプレッシャーを味わいたくないと全員が思ったのだろう。先ほどのような野次も無く、そのまま飼いならされた羊の如く投票作業までスムーズに行われ生徒会長選挙は無事終了したのだった。
原作では達也は何も言いませんでしたが、プレッシャー放っても良いかな~と思って発言させました。またモブ女子たちが達也の虜に……