劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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彼女は真実に気付いてすらいませんからね


摩利の考え

 生徒会長選挙当日、一高内は朝から浮き足立ってる人間が目立った。結局立候補したのはあずさだけなので信任投票にしかならないのだが、生徒会長選前に行われる生徒総会を気にしてるのが大半だ。

 

「やけに浮かれてるわよね」

 

「オメェだって浮かれてるんじゃね? さっき階段を踏み外してただろ」

 

「変態! 何で見てるのよ!」

 

「オメェが前に居たからだろうが!」

 

「ちょっとエリカちゃん! レオ君も!」

 

 

 1-Eでは相変わらずの光景が目に付いたが、達也はその事を気にはしなかった。達也はこの後風紀委員として警備の任があるので、エリカとレオが険悪な雰囲気なままでもさほど困りはしないのだから。

 

「それじゃ幹比古、あとは任せるからな」

 

「達也、恨むからね……」

 

「大体俺が抜けるのは前から決まっていた事だ。そしてエリカとレオが揉めだしたのは俺の所為では無い」

 

「そうだけどさ……」

 

 

 正論で返され幹比古は胃の辺りを押さえながら弱々しくつぶやいた。自分一人では二人を抑えられる自信が無いんだろうと達也も思ったが、既に他人事なので興味を失っていた。

 一足先に講堂にやって来た達也は、摩利の指揮を聞きながらボンヤリとしていた。いくら真由美の案を潰そうとしてるからといって、四月のような行動に出るとは思って無かったからだ。

 

「では、大扉に私と千代田、通用口に辰巳と森崎……」

 

「(随分と気合が入ってるな。あたしじゃなく私になってる……)」

 

 

 達也が気にしてる事は今回の件にはまったく関係無い事だ。だから口には出さずに自分の中だけに止めたのだ。

 

「上手に沢木、下手が司波だ。以上解散」

 

 

 摩利の合図でそれぞれがそれぞれの持ち場に移動する中、達也も一礼して摩利の横を通り過ぎようとしたのだが……

 

「あぁ司波、お前はちょっと残ってくれ」

 

 

 通り抜けざまに呼び止められ、達也は足を止めて摩利の方に向き直った。呼び止めた声は他の風紀委員にも聞こえていたので、何事かと興味深そうな視線が何本かあったが、摩利の威嚇するような視線に耐えられず全員持ち場に逃げ去っていった。

 

「それで、昨日は如何だった?」

 

「何回か攻撃されそうでした」

 

「何ッ!」

 

「俺が、ですけどね」

 

「?」

 

 

 摩利がキョトンとした表情を浮かべてるのを見て、達也はすぐにネタバラシに入る。

 

「恐らくですけど、会長のファンクラブの人間なんでしょう」

 

「つまり、勘違いで嫉妬されたと?」

 

「深雪も一緒なんですから勘違いのしようが無いとは思うんですけどね」

 

「そうか……いや、ありがとう。あたしでは気付けなかっただろうし、やはり達也君に頼んだのは正解だったな」

 

「わざわざ一緒に帰る必要は無かったと思いますけどね。あんな視線の中で会長に攻撃しようものなら、一斉砲火されるのがオチです」

 

 

 達也が苦笑いを浮かべながら報告を終えて摩利の傍から離れていく。一方の摩利は暫くその場から動こうとはしなかった。

 

「(たしかに達也君ならアイツの隣に居ても見劣りする事は無いだろうな。何せ常日頃からあの妹の隣に居るんだし……もし達也君が十師族、いや、師補十八家でも百家でもの血を引いてればアイツの婚約者にって話もあったかもしれないな)」

 

 

 自分には彼氏が居るので、摩利は悪友である真由美にも早く恋人を作って幸せになってもらいたいと思っているのだ。達也が入学する前までは、真由美の相手と言えば克人か服部のどちらかしか彼女の中で選択肢が無かった。

 だが服部では真由美の相手は務まらない。精々遊ばれて終わりだと摩利も思ってるし、恐らく真由美も服部では満足しなかっただろう。

 そして克人とでは、入学以来ずっとライバルを張ってきた手前、今更恋仲になれそうに無いとも思っているのだ。

 

「(そもそも服部は百家でも無いしな)」

 

 

 魔法の才能はあるが、それでも真由美の相手にはいろいろと不足している。摩利は勝手に服部を哀れんだ。

 

「(お前の恋は端から成就する事は無かったんだ、諦めるんだな)」

 

「摩利さん? 何時まで突っ立ってるんですか? そろそろ始まりますよ」

 

「すまんな。ちょっと考え事をしてたんだ」

 

「そうですか……ところで、何で司波君を呼び止めたんですか?」

 

 

 完全に興味津々なのを隠そうともしない態度で花音が聞いてきたので、摩利は頭を押さえながら花音に近付く。そして右のこぶしを花音の脳天目掛けて振りぬいた。

 

「痛ッ!? 何するんですか摩利さん!」

 

「くだらん事を気にしてる暇があるなら、さっさと持ち場に移動しろ! あたしの目の前でサボるなど絶対に許さんからな」

 

「は、はい!」

 

 

 逃げるように摩利の前から移動する花音を見て、摩利は人知れずため息を漏らす。ホントに自分の跡を花音に任せていいのかと、今更ながらに不安になってきたのだ。

 

「(いっそ達也君に……だがあの男が簡単に引き受けるとは思えん……搦め手も駄目だろうしな)」

 

 

 意外と歳相応の反応は見せるものの、達也に搦め手は通用しないと摩利も理解している。もちろんそんな事をすれば恐怖の一年生が自分を凍らせに来るのだろうとも理解しているのだが。

 

「(まぁ花音なら大丈夫か。最悪五十里も手伝ってくれるだろうし)」

 

 

 あずさが会長になれば、会計には五十里が就く可能性が高い。生徒会室と風紀委員会本部は繋がってる為、最悪五十里に花音の世話を任せようと、摩利は人の悪い笑みを浮かべながらそんな事を考えていたのだった。

 

「摩利? 一人で何笑ってるの?」

 

「いや、何でもない。お前こそ体調悪そうだが大丈夫か?」

 

「ええ……昨日ちょっと長風呂しちゃってね。でも問題は無いわ」

 

「しっかりしてくれよ会長様。これが最後の仕事なんだろ?」

 

「もちろんよ! この案件は絶対に成立させてみせるんだから!」

 

 

 二人で悪い笑みを浮かべあったところで、摩利はふと疑問に思った事を聞く事にした。

 

「お前、風呂で何してたんだ? 長風呂って言ってもそこまでになるほど浸かってたとは思えんのだが」

 

「ちょっと考え事をね……でも問題無いわ。もう大丈夫だから」

 

「なら良いが……ひょっとして達也君の事か?」

 

「えぇ!? 何で達也君の事が出てくるのよ!」

 

 

 冗談で言ったつもりだった摩利だが、予想以上に真由美が反応したので仕掛けた摩利の方が驚く結果になってしまった。

 

「冗談のつもりだったんだが……まさかホントに達也君絡みなのか?」

 

「違うって! ちょっと気になる事があっただけなの。それで考えてるうちに長時間お風呂に浸かってただけ!」

 

「……そういう事にしておこう」

 

 

 自分て言っておいて後悔した摩利は、そのまま真由美と別れ警備の為に大扉で待機する事にした。まさか自分の考えが当たってたとは、摩利も思って無かったのだから。




お似合いとは思いますが、胃の痛い毎日でしょうね……嫁と姑+小姑に挟まれる日々……

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