劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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試合なんてどうでもいいんだろうな……


光宣の優先順位

 三高が負けた事は、光宣にとっても想定外の出来事だった。彼としては達也と将輝が戦う事で九校戦が盛り上がると考えていたので、まさかその将輝が達也と戦う前に負けて盛り上がるなどとは考えもつかなかったのだ。

 

「(こういう想定外の事が起こるから、試合というのは面白いんだろうな)」

 

 

 去年の九校戦は参加する事が出来ず、また自分以外の魔法師が活躍してる姿を見ても仕方ないという理由からテレビ観戦もしなかった光宣だが、今年は選手としてだけではなく観客としても楽しめる大会だと感じていた。

 

「(次の試合、もし僕たちが達也さんを負かしたとしたら、それはそれで盛り上がるのだろうか……)」

 

 

 自分の中にいるもう一人の存在に尋ねたとしても答えが返ってくる問題ではないので、光宣は自分自身に問いかける事はしなかった。だが、もし自分が達也に勝てたら。そんな事を想像するくらいには余裕が持てているのだ。

 

「(普段僕が使ってるCADはスペック的に使えないけど、それは達也さんだって同じこと。僕の場合は使える魔法が限られるだけだけど、達也さんの強さはCADに寄るところが大きいって聞いたことがある。無論、CADだけで達也さんの力を完全に削ぐことは出来ないだろうけども、こっちが有利になる事には変わらない)」

 

『あまり司波達也を軽んじるのは止めた方がいいかと。それは僕自身が一番よく分かっている事です』

 

「(そういえばそうだったな。お前は達也さんと一条将輝にやられたんだった)」

 

 

 自分の中にいる周公瑾の亡霊の忠告を、光宣は素直に聞き入れた。光宣自身が実際に体験した事ではないが、彼の中には周公瑾が敗れた時の記憶がしっかりとある。その光景を見る限り、達也の強さはCADが変わった程度では変わらないと理解出来るほどの映像だ。

 

「(もちろん僕一人で戦うわけではないけども、他の二人が達也さんを足止めできるとは思えない……むしろ幹比古さんすら止められないだろうと思える程だ)」

 

『二高はそれ程九校戦に力を入れている学校ではないのです。選手層の薄さは仕方がないかと』

 

「(そんな事は言われるまでもなく分かっている。四高程露骨ではないにしろ、二高も戦闘力よりは技術力や発想力を求められる方だからな)」

 

 

 去年の論文コンペで優勝した時も、九校戦でそれなりの成績を収めた時と同じくらいしか盛り上がらなかった。それくらい二高では、論文コンペでは勝ち残るのが当然と思われている証拠である。

 

『去年の論文コンペ、僕が原因で司波達也が参加していなかった所為もあるでしょうが、それでも勝ちは勝ちなのです。僕には勝ちをもぎ取る力がある』

 

「(自己暗示なんてしなくても、僕は簡単に負けるつもりは無い。むしろ達也さんを倒し、今年の九校戦は達也さんだけ注目していればいいなんて評価をひっくり返すつもりだ)」

 

 

 自信過剰と思われなくもないだろうが、光宣にはそれだけの実力がある。魔法力だけで見れば、将輝すら圧倒出来るほどの。むろん、その魔法力に耐え得る身体が無いからベッドに臥せていたのだが、無様に長生きするくらいなら一瞬だけ輝きたいという光宣の想いが祖父に伝わり、ある程度なら自由にしてもかまわないとの許しを得たのだ。ここで無茶をしなきゃ一生達也に勝てない。光宣はそんな思いを懐いて九校戦に臨んでいた。

 

「(水波さんを僕の手で治せなかったのは悔しいし、達也さんは僕には想像もつかない方法で水波さんを治療した。まだ完全に治ったわけではなさそうだけども、水波さんは魔法を失っていない。それは僕の『眼』で分かる)」

 

 

 精霊の瞳の力をフルに活用して、光宣は水波が魔法を失っていない事を知った。元々は水波の演算領域を封印すると言っていた達也が、いったいどのようにして水波に魔法を残したまま回復させたのかは分からない。だが水波の魔法能力を残すと同時に、自分を人間としてこの世に留まらせてくれた事に、光宣は感謝の念を懐いている。

 彼が周公瑾の持つ知識の中から得た解決方法は自分を――『九島光宣という人間』を殺す事に等しい方法だった。たとえ強い身体が手に入ったとしても、それは人間としての身体ではなく、化け物としての身体だった。果たしてそんな自分を水波が受け入れてくれたか、光宣にはふとそんな事を考える時間が出来ていた。

 

「(人間でいる限りは、水波さんと一緒になれる可能性はゼロじゃないだろうけども、もし人間を辞めていて、水波さんに拒絶されていたら、僕はどうしていただろう)」

 

 

 いつしか彼の頭の中は達也の事ではなく水波の事で一杯になっていた。年頃の少年としてはある意味正しいのかもしれないが、試合前という事を考えれば些か緊張感に欠けているのかもしれない。

 

「おい九島。そろそろ試合だぞ」

 

「はい、分かりました」

 

「相手は『あの』四葉家の御曹司だけど、お前ならある程度戦えるだろ?」

 

「どうでしょう。僕は身体が丈夫ではありませんので、あまりにも負荷が強すぎると判断した時は、素直に負けを認めるつもりです」

 

「それは仕方ないな。命以上に大事なものなんてないからな」

 

「……そうですね」

 

 

 その命を捨ててまで水波を助けようとしていた事を思い浮かべ、光宣は陰のある表情を浮かべたが、幸いにしてそれを見られる事は無かった。




命よりも水波だったからな……

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