在校生や卒業生からしてみれば物足りない大会かもしれないが、当事者たちからしてみればそんな事は無く、むしろレベルの高さに自分なんかが活躍出来るのだろうかと不安になる生徒も少なからず存在する。その内の一人である侍朗は、新人戦を観戦して早くも後悔していた。
「侍朗君、朝と似たような顔色になってるけど……」
「だって詩奈、あんなハイレベルな中に入って活躍出来るって言い切れるほど、俺は俺の魔法技能を信じてない。そりゃ詩奈を守る為ならなんだってするって気持ちはあるけど、それとは違う状況だろ?」
「侍朗君なら大丈夫だって思うけど、こればっかりは私が何を言っても侍朗君自身の問題だしね……そういえば、カウンセラーの小野先生がいるみたいだから、天幕に行ってみる?」
「カウンセラー? あぁ、入学初日のHRで見たあの人か」
二科生の教室に教師が来る事など滅多に無いので、侍朗は遥の事を鮮明に思えていた。もちろん他意はないのだが、詩奈は侍朗が遥の事を覚えていた理由を邪推し、ジト目で侍朗を睨みつける。
「侍朗君がカウンセリングルームのお世話になってるとは思えないんだけど、どうして小野先生の事を覚えてるのかな? やっぱり、侍朗君もおっぱいが大きい方が好きなの?」
「ばっ!? そんなんじゃないって!」
「ふーん」
彼女から冷たい視線を向けられ、侍朗は慌てて誤解を解こうとするが、その態度が余計に怪しく感じられ、詩奈の視線はますます冷たいものへと変貌する。
「誤解だって! 俺は別にあの人の容姿で覚えてたわけじゃない」
「じゃあ何で?」
「一科生の詩奈には分からないかもしれないが、二科生の教室に教師が来るなんて滅多に無いんだ。だからそれで覚えてただけ」
「……そういう事にしておいてあげる」
「信じてないだろ! 本当に誤解だってば!」
「何を大声を出してるんだ?」
「あっ、司波先輩――と、小野先生?」
天幕が近づいて来ていたので、侍朗の声を聴きつけた達也が天幕から出てきたので謝罪をしようとした詩奈だったが、達也の隣に遥がいたのに気づき首を傾げた。
「あの、司波先輩と小野先生って、個人的なお付き合いでもあるんですか? 随分と距離が近いような気がしますけど」
「まぁ、色々ね。ところで、達也くんに何か用事だったのかしら?」
「いえ、小野先生に少しお話を聞いてもらいたいと思いまして」
「私に? いったいどんな話かしら?」
「あっ、私じゃなくて侍朗君のお話なんです。今日の試合を見て、自分が出場して良いんだろうかってまた思っちゃったらしくて……私じゃこれ以上状況をよくできないので」
「そういう事。じゃあ矢車君、奥に行って話しましょうか」
「わ、分かりました」
遥の後を追うように奥のテントに消えていった侍朗を見送って、詩奈は達也の事を見た。詩奈はあまり背が大きい方ではないので、達也の表情を窺うにはかなり上の方を向かなければいけないので、普段はあまり目を合わせる事は無いのだが、今は達也の心の裡を探ろうとジッと達也を見詰めている。
「何か聞きたい事があるのか?」
「えっ?」
その言葉が自分に向けられていると気付き、詩奈は慌てて達也から視線を逸らす。同じ十師族の人間とはいえ、相手は次期当主で自分は当主の娘でしかない。ましてや荒事などを担当した事も無いので、達也と自分とでは人生経験が違い過ぎると、詩奈は達也の心の裡を探るのを諦め、素直に聞く事にした。
「司波先輩と小野先生の関係はどんなものなのかと思っただけです。でも、私じゃ司波先輩が何を考えているのか分からなかったです」
「別に少し調べればわかる事だから気にしなくても良いんじゃないか?」
「そうなんですか? じゃあ、どのようなご関係なのです?」
「小野先生と保険医の安宿先生は、言葉は良くないが愛人という感じだ」
「愛人、ですか?」
「婚約者を選ぶ際、その二人は別件で忙しくて申し込みが出来なかったらしく、母上に直訴して『そういう感じなら』という許可をもらったらしい」
「つまり、司波先輩自身のご意思では無いと?」
「言い逃れをするつもりも無いし、俺自身も言葉は良くないと言っただろ? あの二人に特例を認めるとさらに婚約者が増える恐れがあるから、母上に直接会ったという実績を認めて今の地位を認めてるだけだ」
達也が特殊な立場である事は詩奈も知っているので、今の説明である程度納得は出来た。他の婚約者も知っている事なので、部外者の自分が責め立てる事ではないとも理解出来たので、詩奈はそれ以上達也と遥の関係を邪推する事はしなかった。
「司波先輩は司波会長と将輝さんの関係をどう思いますか?」
遥との関係を聞かない代わりに、詩奈は将輝が深雪に婚約を申し込んでいる状況を達也に尋ねた。
「深雪が一条の方がいいというのなら、俺は無理に引き止めるつもりは無い。深雪自身の人生だからな」
「司波会長は司波先輩以外の男性を異性として見るとは思えませんが」
「それは一条にも何となく分かってるんだろう。だがアイツが本当に深雪が好きだというなら、俺は邪魔するつもりも、文句を言うつもりも無い。それだけだ」
「……大人ですね」
自分の婚約者が他の男に盗られるかもしれないというのに、そんな風に考えられるなんてと、詩奈は達也の落ち着きを見習いたいと思ったのだった。
原作でも疑惑を持たれてましたしね……