会場に向かう途中でテロに襲われることも無く、バス内で一悶着起こることも無く、達也たちは無事に九校戦前の懇親会が行われる会場に到着した。
「やっほー、達也くん。深雪たちも、遅かったわね」
「エリカ? 今年も千葉家のコネで潜り込んだの?」
「今年は正式に頼まれたのよ。人手が足りないから手伝って欲しいって」
「それで美月と西城君もいるのね」
「ミキがそっちに行っちゃったから、結局少し足りないんだけどね」
一昨年と同じように、ホテルのロビーでエリカに出迎えられ、深雪たちは嬉しそうに彼女に近寄り会話を始める。達也もエリカに近づこうとして、見知った気配を見つけ首を傾げた。
「あの人が幹比古の代わりなのか? 防衛大のカリキュラムはそれなりに忙しいと聞いているが」
「達也くんが国防軍の無能さを暴いちゃったから、信頼回復で忙しいらしいわよ。だから学生のカリキュラムを手伝う余裕がないとかで、暇そうにしてたから駆り出したのよ」
「だからって何であたしなんだ! 他にいるだろうが」
「うっさいわね。千葉姓を名乗りたいのなら、大人しく手伝いなさいよね」
「お久しぶりです、渡辺先輩」
エリカに喰ってかかって来た摩利に深雪が声をかける。達也はそれなりに会っていたが、深雪は今年に入って初めてで、摩利の方もとりあえず返事をした。
「先輩はご結婚の準備で忙しいと聞いておりましたが、早くも小姑にこき使われているんですね」
「誰が小姑よ! というか、暇になったからって次兄上とイチャイチャ出来ると思ってたお目出度い頭の持ち主なんて、こき使った方が良いでしょ」
「それじゃあ渡辺先輩、俺はいろいろと準備がありますのでこれで」
「お、おい!」
てっきり達也が助け舟を出してくれるものだと思っていた摩利は、達也が早々にこの場を離れていくのを何とかして引き止めたかったが、最上級生でもあり作戦参謀、更には参加選手ともなればいろいろと忙しいのも仕方ないので、あまり強くは出られなかったのだ。
「あら摩利。随分と可愛らしい恰好をしてるのね」
「げっ、真由美……」
「七草先輩、市原先輩も」
「先輩たちもこのホテルに泊まるんですか?」
「ウチのコネでどうとでもなるからね」
伊達に十師族の看板を背負っている家ではないなと、深雪は七草家に対する評価を改め、エリカは少しつまらなそうに視線を逸らした。
「エリカちゃんたちだけ抜け駆けして達也くんと旅行なんて許さないんだからね」
「あたしたちより、深雪たちの方が抜け駆けしてるって言えるんじゃないですかね? ここまで達也くんと一緒にバス旅行してきたんですから」
「仕方ないでしょ? 私たちは選手で、達也様も関係者なのだから」
「一昨年までは別々のバスだったじゃないの。それがどうして一緒になってるの?」
「去年の五十里先輩と千代田先輩の関係はご存じですよね? あの二人が――というか主に千代田先輩のごり押しでそうなったのです。無理に戻す必要もないので、今年もそのままだったというだけで、別に私たちが達也様とバス旅行をしたかったからというわけではございません」
深雪の言い分は尤もだったが、多分に嘘も含まれていた。参加メンバーの中には、エンジニアとバスをバスを別にした方が良いと思ってる人間もいるのだが、深雪たちが無言の圧力でその意見を抹殺したから、今年も選手とエンジニアは同じバスで移動したのだ。
「今年は相当盛り上がると思うから、早めに場所取りをしておく必要があるようね」
「九島老師が変に煽った結果だと聞いてるが、達也君なら問題ないだろ」
「そういえば深雪、今年は部屋割りってどうなってるの?」
去年は達也は五十里と、深雪は花音が同部屋という事になっていたが、実態は達也は深雪と、花音は五十里と同部屋だったのだ。その事を知っているほのかは、深雪にそう尋ねたのだ。
「今年はさすがに別よ。達也様はいろいろあって一人部屋という事になったし、私のルームメイトは水波ちゃんですもの」
「深雪様の護衛が私の第一の仕事ですので」
「今年は襲われる心配は無いと思うわよ? 面倒事は達也くんがだいたい片付けちゃったみたいだし」
「十師族の関係者がこれほどいる大会を襲撃すれば、どうなるかは海外の犯罪組織も一昨年の無頭竜の結果で重々承知しているでしょうしね」
詳細は知られていないが、無頭竜は九校戦にちょっかいを出して東日本支部は壊滅、リーダーは国防軍から情報を得た内閣調査室に捕らえられたという事は知られている。そこに達也が介在していた事は知られていないが、下手に刺激をして壊滅させられるのは避けたいというのが、今の海外組織の心情だ。
「それじゃあ今年は、安心して見てられるわね」
「そうだな」
「観戦するつもりなのはいいけど、アンタはこっちの手伝いがメインなんだからね? 懇親会ではしっかりと働いてもらうから、そのつもりで」
「……摩利も義妹に頭が上がらないようね」
「魔法を使えば兎も角、あたしではエリカに純粋な剣術では敵わないからな」
肩を落とした摩利に、真由美は同情的な視線と共に肩に手を置いて慰め、鈴音はやれやれと頭を振って同情したのだった。
立派な小姑に……